20080918 日本経済新聞 夕刊

 保育園に入れない「待機児童」が全国の都市部で再び増えている。共通するのは共働き世帯の急増だ。「保育園を整備するほど利用希望者も増える」というジレンマに自治体は頭を抱え、保護者は焦りを募らせている。
 「夜は何時まで預かってもらえますか」「食事はどんな材料を使っていますか」。乳幼児を抱いた母親が口々に質問する。ここは横浜市のいずみ青葉台保育園。毎週木曜、通常保育や一時保育を希望する保護者に園内の見学会を開く。
 生後三カ月の長男と参加した浅川恵美さん(仮名、33)は「来春に職場復帰したい。保育園見学は二園目」と言う。見学希望者は多い月で六十人ほど。ただ「大半の方は入園できないのが心苦しい」と中村きく子園長(57)は嘆く。現在、同園で入園待ちする〇―一歳児は三十人を超えている。
5年ぶりの増加
 二〇〇八年八月、厚生労働省が発表した全国の待機児童は一万九千五百五十人。五年ぶりに増加に転じた。目立つのは待機児がゼロになった自治体がある一方、仙台市や横浜市など都市部で増えた点だ。
 これらの自治体が対策を怠ったわけではない。例えば横浜市は〇七年度、市内十九カ所に保育園を新設。約千六百人分の定員を増やしたが、待機児童は逆に百三十一人増の七百七人と全国で二番目に多くなってしまった。
 担当者からは「自責の弁」が口々に漏れる。「保育園をつくるほど利用希望者が増える。保育需要の『掘り起こし効果』が起きた」と横浜市保育計画課の前中ゆかり係長は言う。例えば、入園申込者数を就学前児童数で割って算出する申込率。十年前は約一一%だったが、現在は約一八%と二倍近く上昇した。「ここまで共働き世帯が増えるとは思わなかった」と驚きを隠さない。
 「『マンションの人口×一%』の想定が崩れた」と漏らすのは川崎市こども支援部の村石彰主幹。市では従来、マンション住人の一%が保育園を利用すると想定して整備計画を進めてきた。だが「最近は立地によって二%くらいになる物件もある」。市内のある保育園では四月、四十六人の「空き」に二百二十九人もの申し込みが殺到した。
 「結局、女性の就業意欲の高まりや企業の両立支援策の拡充という変化に保育の受け皿づくりのスピードが追いつかなかった」と第一生命経済研究所の的場康子主任研究員は指摘する。
 ここに経済不安が拍車をかける。入園を申し込む保護者に「求職中」の人が増えているのもその表れ。待機児童七百四十人と全国トップの仙台市ではその約五割が「保育園に入れられたら求職活動を始める」という世帯だ。
 「生活費を稼ぐために働き始めたいと、問い合わせや見学に訪れる主婦や母子家庭の母親が目立つ」とせんだい保育室連絡会の四釜清仁代表は言う。実際、仙台市の保育園に入園した世帯の所得状況(〇八年)を見てみると、年収が約七百七十一万円以上の世帯は〇五年よりも四百人以上減っているのに対し、約三百十七万円未満の世帯は二百五十人近く増えた。経済状況の厳しさから共働きを選択する姿が垣間見える。
親仲間にも内緒
 保育園の受け皿不足に、親は不安と焦りを募らせる。東京都在住の小峰佑子さん(仮名、36)は十月下旬に職場復帰を希望しているが、いまだに預け先が決まらない。「キャンセル待ちをしているが、復帰のめどが立たず不安な日々。来春まで育児休業の延長を考え始めた」と話す。先日、保育園の定員に空きができたので運良く入れた母親(33)は「自分が決まるまでは、保育園探しをしている親仲間にも空きが出たという情報は言わなかった」と打ち明ける。
 厚労省が二月発表した「新待機児童ゼロ作戦」は女性の就業率上昇でさらに百万人分の保育需要があると指摘。政府は保育園整備をはじめとする子育て支援の環境整備には約二・四兆円かかるとして、財源確保のためには消費税など税制改革が必要としている。
 だが長期的な子どもの減少は明らか。「整備一辺倒では解決できない」(東京都の保育担当者)、「十―二十年先、保育園をどう転用していくのか今後の課題」(東京都江東区)などと懸念する声も聞かれる。
 子育て環境研究所の杉山千佳さんは「一定の保育園整備はまだ必要だが、安易に保育サービスに頼る風潮も確かにある。職場の労働時間を短くして夫婦で育児にあたるなど、子育てのあり方も見直す必要があるだろう」と強調する。
 東京都品川区が二〇〇八年六月に導入した「入園予約制度」が注目されている。これは育児休業中の保護者が復帰予定時期の入園を事前予約できる仕組み。三十七の公立保育園で毎年度、予約枠を百三十人ほど確保。保護者の希望園に空きがあれば予約できる。出産前の仮予約も可能だ。
 七月時点で五十五人が申し込み、四十人が内定した。利点は入園申請を慌てる必要がなく、保護者が安心して育休を長期取得できること。区や保育園にとっても需要を把握できるため職員の配置などがしやすくなる。何よりも新年度の四月に入園申請が集中することが軽減でき、「待機児童を減らす効果も期待できる」(品川区の小林由典保育課長)。
 ただ課題もある。例えば入園の公平性。通常、勤務状況などで入園の優先順位を決めるが、予約制だと優先順位の低い人が入園を決めてしまう恐れがある。また待機児童が多いと「予約枠」を空けておくことも困難だ。現在は東京都港区や葛飾区など一部の自治体でしか導入されていない。
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【図・写真】人気園には入園希望者の見学の列が絶えない(横浜市のいずみ青葉台保育園)


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