20080910 日本経済新聞 朝刊

 介護保険が始まったのは二〇〇〇年。なぜ新しい制度が導入されたのだろうか。
 急速に都市化、核家族化が進んで家族の介護能力が落ちていく一方、寿命の伸びにより介護期間の長期化が進み、介護を必要とする高齢者は急増した。ところが、特別養護老人ホームなどの整備は遅れ、心身の能力が低下した高齢者が病院に入院するといういわゆる「社会的入院」が大きな問題となった。治療より介護中心のサービスを必要とする高齢者の入院は無駄な検査、投薬を引き起こし、医療費膨張の一要因と指摘された。
 また、特別養護老人ホームといった福祉施設と老人病院や老人保健施設といった医療系施設の間で利用方法や負担の仕組みが異なり、不公平感も生まれていた。これに加え、福祉サービスでは措置制度という、利用者が施設を選択するのではなく行政が利用者を施設に割り当てる、独特の制度が採用・運用されており、利用者の多様なニーズが介護サービスに反映されないという問題もあった。
 こうした様々な課題を抱え、高齢者向けの介護サービス量の確保が一九九〇年代の福祉の中心的課題となった。厚生省(当時)は地域別に介護サービスを整備する計画として「ゴールドプラン」「新ゴールドプラン」を推進。それぞれの地域の特性に応じるため、住民に最も近い市町村が中心的な役割を果たせるよう関連の法律を改正し、福祉の分権化を進めた。さらに高齢者向けの医療、保健、福祉制度を総合的に組み直し、安定的な財源を確保するため、新たな保険制度である介護保険の導入を検討するようになった。
 海外の状況をみると、介護を独立した保険の仕組みで行うか(ドイツ)、税財源による福祉の仕組みで行うか(北欧)、あるいは医療保険制度の仕組み内で行うか(米国)は各国で選択が異なった。日本は財政の仕組みについてはドイツの介護保険を参考にし、介護サービスのメニューはデンマークやスウェーデンを参考にしながら現在の制度の基礎を作り上げた。





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