20080906 日本経済新聞 地方経済面 北関東の大学が地域住民の健康づくりに力を入れている。高齢者になってもマイカーを使う人が多いクルマ社会の北関東では体を動かす機会が少なくなりがちだ。適度な運動を通じて元気に過ごせるようにする介護予防には、膨らみ続ける医療費を抑制する狙いもある。大学の研究成果を取り入れ、楽しみながら続けられるような工夫を追求している。 前橋市中心街で活動するのは群馬大学の教員や学生で構成する「群大クラブ」。二〇〇八年春から六十歳以上を中心とした八地区の住民百五十六人を対象に、体力測定や食生活アンケートのほか、血糖値を調べるブドウ糖負荷試験や血液検査を実施した。今秋から一人ひとりに合った運動や筋力トレーニングなどのプログラムを始める。 「運動はしんどい、というイメージを打ち破らなければ続かない」とクラブ代表で教育学部の柳川益美教授は話す。運動の習慣がない市民がいきなり本格的なプログラムをこなすのはきつい。 そこで市中心部の名所を回る街歩きを取り入れ、「地域を見つめ直しながら楽しんで運動する」。毎日の運動や体重、食事内容を記録帳に書き込んでもらうことで、長続きしやすくした。 郊外へにぎわいが流出した前橋市では中心街の高齢化率は三割超。独り暮らしも多く、地域で助け合う人間関係は薄れがちだ。クラブの事業に協力する前橋商工会議所は「健康づくりがお年寄りのコミュニティー形成につながれば」(商工観光課)と期待する。 これまでの介護予防は自治体や保健センターなどが開く体操や講習会などがほとんどだった。しかし参加者を継続して集めるのが難しく目立った効果が出なかった。大学が中心となってメニューを組み立てることで、健康にかかわるさまざまな分野の蓄積を取り入れることができる。 宇都宮大学では栃木県矢板市と連携して介護予防の人材育成事業「やいたスポーツカレッジ」を手掛けている。〇六年度以降、すでに百七十人以上の認定者がおり、年齢は五十、六十歳代が中心。地域の健康づくりの指導者となって公民館などで活動している。 カレッジでは宇都宮大の教授らが年間十回程度の講座を開き、腰やひざなど身体の知識や栄養学、スポーツ心理学まで伝授する。中身の濃さに加えて「自治体だけでやるより宇都宮大の知名度で参加者が集まった」(同市生涯学習課)という効果もあるようだ。 ビジネスとして介護予防に取り組むのが筑波大学発ベンチャーのつくばウエルネスリサーチ(茨城県つくば市、久野譜也社長)。ゴムチューブによる腕のストレッチやイスを使った立ち座りなど、専用器具を必要としないで少人数でできる運動プログラムを作成する。料金はコンサルタント料なども含め数百万円程度で、茨城県牛久市や千葉県流山市など三十以上の自治体・団体に提供している。 ただ大学や自治体ばかりが旗を振っても、参加者の意欲が高まらなければ成果は出ない。費用負担も課題となる。群大クラブの場合、いまは文部科学省から補助金が出ており参加は無料だが「将来は自己負担も必要になりそう」(柳川教授)。介護予防が定着するには地域住民主導で取り組むような仕組みづくりが欠かせない。 介護予防が広がってきた背景にあるのが医療費増大への危機感だ。北関東三県の医療費は一九九六年度から二〇〇五年度までの九年間で、群馬県一五%、栃木県一八%、茨城県二三%とそれぞれ増えた。 将来推計を出している栃木では、一五年度に〇五年度より四三%増えて六千七百五十億円まで膨れ上がる見通しだ。「介護・医療制度の抜本改革がなければ毎年二・五%増加していく」(栃木県保健福祉課)という。 国民医療費は患者負担のほか事業主などが払う保険料や公費を財源とする。高齢化が進んで今後も医療費の増大は避けられない。〇六年に改正介護保険法が施行されて介護予防に力点が置かれたことも、各地の取り組みを加速させた。国民負担が過大になるのを避けるためにも、運動や食事の改善を通じて地域全体で生活習慣病を予防することが重要になっている。(前橋支局 栗原健太) 【図・写真】運動は地域のふれあいの場ともなる(群大クラブのトレーニング風景)