20080901 日本経済新聞 朝刊
編集委員 大林尚
厚生労働省の幹部は二の句が継げなかった。
先週、来年度予算の概算要求を与党に説明したとき。介護現場の人材難に話がおよぶと、ある議員が「介護報酬の増額が必要だな」。ここまではよかった。「ただし保険料引き上げなど高齢者負担が増えるのは駄目だ」
覆う「負担回避」
「ただのランチはない」が経済学の原則。与党議員の声が無駄をあぶり出して財源をひねり出せという指示なら理解できる。だが厚労省幹部には「ただで飯にありつける方法はないか」と言っているように聞こえた。
「負担回避症候群」とも呼ぶべき空気が政界を覆ったきっかけは昨年夏の参院選だ。民主党は消費税率を据え置いたまま税財源で賄う最低保障年金を創設する案を政権公約の目玉にした。それ以前の公約にあった「三%の税率引き上げ」は小沢一郎代表の意向で削られた。
行政機構や補助金の無駄を省いて年金に充てるという説明は、どう計算しても説得力に乏しい。それでも民主党は選挙に勝った。負担回避症候群は、たちどころに与党に伝播(でんぱ)した。
安倍政権の退陣を受けた福田政権は今春からの高齢者医療制度の始動を控えていた。首相は早速、高齢層の負担緩和のために〇七年度の補正予算案を成立させた。それでも悪評は収まらず、もう一段の負担軽減策がいま俎上(そじょう)に載る。
そうこうしているうちに、西濃運輸グループの健康保険組合の解散というニュースが飛び込んできた。主に現役で働く世代が高齢者医療制度に出す負担金の重さに耐えかねての決断とみられる。
日本は未曽有の低出生率が続く一方、先進国一の高齢国家になった。医療、介護や年金は高齢層にも相応の負担を求めていかなければ、現役層の負担が過重になり制度は維持不能になる。社会保障の土台がもろいと、景気にもいっそう重圧になる。そればかりか日本経済全体の活力が衰える。
制度立て直しには社会保険料や消費税など負担面とセットで、有権者が選択できる改革メニューを示すことが欠かせない。だが選挙を意識した与野党は負担回避を競い合っているのが現実だ。
もちろん行政府も負担回避症候群を広げた責任を免れない。年金記録をぞんざいに扱った社会保険庁、自治体を含めた高齢者医療のずさんな運営体制、「私のしごと館」に象徴される独立行政法人の税の無駄遣い――。制度を担う官僚組織の経年劣化が、これ以上の負担はごめんだという有権者意識を強めている。
厚労省は閣僚から職員一人ひとりにいたるまで真摯(しんし)に反省し、役割を再認識し、組織立て直しを急ぐべきだ。
同時に、医療界は医療現場に残る非効率な面を直す責任を負う。後発医薬品の拡大や診療報酬明細の完全電子化は患者の利益にもつながる。患者もまた救急車をタクシー代わりに使うようなことは慎まねばならない。
与党だけの限界
それらにも増して改革が必要なのは立法府だ。二十年後、高齢化率は三〇%に達する。無駄をつぶしても賄いきれない医療や介護の費用を確保するために負担政策を議論する舞台がいる。党派を超えた協議の場である。舞台設定の時期は選挙後でも致し方なかろう。
前例はある。与野党から論客をそろえた〇五年の両院合同会議だ。会長は現経済財政相の与謝野馨氏、会長代理は民主党の仙谷由人氏。厚労相に就く前の柳沢伯夫氏がスウェーデンの年金制度を見習ってはどうかと、政府と一線を画した持論を述べるなど政治主導の兆しがあったが郵政解散の副作用で雲散霧消した。
今年に入り福田首相は社会保障国民会議を後継組織にと考えたが、小沢民主党は拒んだ。国民会議の構成は閣僚と厚労省にゆかりの深い学者を中心とする片翼型になり、議論は勢いを失いつつあるようにもみえる。政府・与党側だけで構成する舞台の限界がみえる。
社会保障の再生は制度の効率化を追求し、負担・受益の均衡への合意を取りつける政治の地道な努力にかかっている。それは弱りかけている経済に活力を取り戻す国家的な緊急課題でもある。
ただのランチの巨額な請求書を若者たちがいや応なく受け取らされるのを避けるためにも、議論のテーブルを用意する責務が与野党にある。
------------------------------------------------