20080816 日本経済新聞 朝刊
へき地の医師不足、介護人材難など社会保障の土台である医療と介護を支える基盤が揺らいでいる。ほかの先進国に例をみない急速な少子化や長寿化も加わって制度そのものの持続性も危うい状況になってきた。
医療と介護の現場では社会保障費の膨張を圧縮しようという政府の考え方に異を唱える声が強まり、政治の場でも与野党を問わずそれに呼応する勢力が増えた。今後、必要になる医療と介護の財源を着実に確保するために、社会保険料や消費税などの引き上げはいずれ避けられない。
将来世代の負担抑えよ
貧困家庭など経済的な弱者のための安全網にほころびがないか否か、再点検することも不可欠だろう。
しかし医療、介護という公的な制度には患者や制度の利用者、また一般の国民の目に付きにくいところに効率の悪さが温存されているのも事実だ。患者や国民が将来の負担引き上げを受け入れる素地を整えるためにも、まず、そうした無駄の一つひとつを効率的に直してゆく作業を徹底させなければならない。
二〇〇七年度の医療費(概算)は三十三兆四千億円と、過去最高を更新した。前年度比三・一%増、額にして約一兆円の増加だ。概算医療費は労災にともなう医療費などは含んでいないが、国民医療費の九八%をカバーしている。〇七年度は大きな制度改革や診療報酬改定の影響を受けなかったので、比較的高い伸びになったと厚生労働省は説明する。
国民医療費のうち、患者が病院や診療所に直接払う「窓口負担」を除く医療給付費について、政府は将来の抑制目標を示している。〇六年度予算ベースの給付費は二十八兆五千億円。自然体で増加すれば高齢化の当面のピークである二五年度に五十六兆円(名目値)に倍増するが、〇六年成立の一連の医療制度改革法の効果によって四十八兆円に抑える。
給付費が国民所得に占める比率は〇六年度の七・六%から二五年度に八・八%に高まる。これは制度改革を徹底させても日本経済の成長ペースより医療費の増加ペースのほうが高いことを示している。高齢化の加速を考えればやむを得ない面もあるが、一方で医療給付を支える現役世代の人口は少子化で減る一方だ。
現役で働く人やこれから社会に出てゆく若者らの負担を過重にしないためにも、もう一段、給付費を圧縮する方策を考える必要がある。その際に重要な視点は、患者に強い痛みを強いない策を矢継ぎ早に講じることだ。具体例を三点挙げる。
第一は、後発医薬品、いわゆるジェネリックの普及促進だ。大手メーカーなどが開発・販売する新薬と成分や効き目はほぼ同じだが、新薬の特許有効期間が切れた後にほかの医薬品メーカーが製造するために、開発費を大きく抑えられる。薬価は新薬の三〇―七〇%程度で済む。
〇四年度時点の数量ベースの使用率は約一七%。内閣府の試算によると、これを欧米並みの四〇%に高めれば医療費を毎年度二千九百億円程度、抑える効果がある。医師も患者も「安かろう、悪かろう」という固定観念を捨てることが大切だ。
第二は、病院・診療所が健康保険組合などにあてて発行する診療報酬明細書の電子化を早急に完成させることだ。IT(情報技術)を応用することで治療法の標準化に役立つばかりか、特定の医師による過大請求が即座に見抜けるようになる。
電子化3年もかけるな
明細書の発行枚数は年間約十八億枚。その審査・支払いを担当するのが社会保険診療報酬支払基金だ。理事長など大半の常勤役員が厚労省・社会保険庁からの天下り組である。
医科・歯科の明細書の場合、同基金に入る審査・支払手数料は一枚あたり約百十四円。この手数料も健保組合などが医療費として負担している。政府は審査・支払業務を一一年度に完全電子化する方針だが、天下り組織のリストラと医療費圧縮に直結する電子化に三年も費やす余裕はない。早急に完成させるべきだ。
第三は、重複検査などの是正だ。病院と診療所との連携を深めたり、ITを駆使して医療情報の開示を促したりすれば、検査や受診の重複はかなり少なくできるだろう。平均七日間を要する手術前の検査入院期間の短縮も課題だ。これらの適正化によって毎年度の医療費を最大で千四百億円程度圧縮できるという。
ほかにも課題は多い。診療報酬政策を過酷な勤務を強いられている病院医の技量を評価する体系へ根本から見直す、医師免許に更新制を導入する、公立病院の再編成を加速させる、などだ。いずれも患者は強い痛みを感じずに済む改革だ。世界に誇る日本の医療制度の持続性を高めるためにも断行すべき課題である。
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