20080804 日本経済新聞 朝刊
巨大マネーが世界の市場を揺らしている。米住宅バブルの生成・崩壊と金融緩和。余剰資金は商品市場で別のバブルをつくり出した。サブプライム・ショックから一年、バブルの崩壊と膨張が併存する。世界は新たな難題に直面した。
米ラスベガスから約三十キロ、砂漠の人造湖レーク・ラスベガスのリゾート事業が七月半ば、頓挫した。ラスベガスでは四万五千室に上るホテル建設計画のうち、二万三千室以上の建設が中止・延期された。
英国中部スカントープ市の目抜き通り。高齢者向けマンションの建設工事が六月半ば突然止まった。中国でも大都市でマンション販売が急減している。
商品に投資殺到
世界各地で不動産バブルがはじける。米住宅公社の信用不安が浮上し、株式相場が大揺れとなった七月十五日。英金融機関、ETFセキュリティーズ(ロンドン)の社内は逆に活気づいていた。
同日、ロンドン証券取引所などに上場する同社の金融商品への資金流入が歴史的水準に達した。金相場に連動する商品には一日で二億六千五百万ドル(約二百八十億円)が流れ込んだ。
米国では三百八十七億ドル(約四兆一千億円)の資産を運用するイリノイ州教職員退職年金基金が二月、新たに商品投資を始めた。米国株の運用委託先と契約を解消し、資金を充当した。
世界の株式、債券市場の時価総額は合わせて一京円を超す。商品市場で最大の米原油先物の規模は、過去十年で三十倍近くになったとはいえ、十六兆円強にすぎない。マネーの商品シフトはわずかでも価格急騰を招く。
マネーが主導する原油高はパンデミック(大流行)のように世界に襲いかかった。年金など機関投資家は商品を運用資産に組み込むことでインフレ圧力に対抗しようとする。投資家の買いがさらなるインフレ圧力につながる――。七月前半までの異常な原油高と世界同時インフレはこうした構図で引き起こされた。
マネー逆流懸念
日本でも八月からガソリンや、マヨネーズ、チーズ、卵などの食品が一斉に値上がりした。
世界には資源・食料インフレと不動産デフレが同時進行する奇妙な光景が広がる。野村総合研究所のリチャード・クー主席研究員は「物価高といっても上昇しているのは一次産品。不動産バブルの崩壊でマネーの一部が一次産品市場に流入し、人類が経験したことのない異形インフレを招いた」とみる。
異形インフレはオイルマネーの膨張という副産物も生み出した。二〇〇七年の英国の対米債券投資額は四千七百五十億ドルと前年比で二〇%弱増えた。中東産油国のオイルマネーが英系金融機関を経由し、米債券を買い支えているとされる。インフレ懸念の高まりにもかかわらず、債券が買われ、低金利が続く一因だ。
世界経済はいま原油価格が急落したときのマネー逆流リスクも抱える。
大和総研によると、原油相場が一バレル七〇―八〇ドルまで下がった場合、産油国の収入減で英系金融機関の資金が枯渇し、米債券を支える構図に狂いが生じる。
熊谷亮丸シニアエコノミストは「オイルマネーの縮小は英国による米国債券買いを抑制し、グローバルなマネーの逆流を引き起こす。米国が資金不足に陥り、世界的な株式急落という悪いシナリオにつながる可能性も出てくる」と警告する。
金融市場と一体化し、原油市場は株式や不動産のように、膨張と縮小が繰り返されるとみられる。価格変動は複数の市場と絡み合うだけにコントロールは難しく、長期的な見通しは立てにくい。金融市場のプレーヤーだけでなく、企業や家計も厄介なリスクを抱え込んだ。
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