20080716 日本経済新聞 地方経済面

 病気を防ぐ。早期に治す。そんな「予防医学」が医療現場で広がっている。病気の芽を早めに摘み取って健康を保てれば、生活の質が高まり、社会全体の医療費削減にもつながる。千葉大学が昨年六月に設立した「予防医学センター」(千葉県柏市)は住民十万人のデータを集め予防医学を研究する。東洋医学の成果も取り入れた世界でも珍しい試みになる。
 予防医学センターの本拠地である千葉大柏の葉キャンパスは、つくばエクスプレス(TX)柏の葉キャンパス駅から三分ほど歩いた場所に広がる。畑や庭園の中に小ぶりな建物が点在し、周辺の高校生や住民が構内を自由に行き交う。大学病院などにあるどこか重苦しい空気は感じられない。
 この開かれたキャンパスの姿が、予防医学の本質を表している。予防医学は病気になる前から住民を長い目で観察し、生活習慣や住環境を見直していく。
 センター長を務める森千里教授は「ある意味で予防医学は社会を変えていく取り組みです。研究を大学の中で終わらせず、社会との壁を取り払うことが大事なんです」と説明する。
データ収集開始
 センターが本格稼働するのは八月。まずは同市柏の葉地区に住む人々を対象に調査研究を進める。基礎となるのは「コホート研究」だ。コホートは英語で集団の意味。地域住民の健康状態を長年追跡調査してデータを収集。生活習慣と病気との因果関係を明らかにしていく。
 近くデータ収集が動き出す。千葉大発ベンチャーの健康サポートネットワーク(中島伸之社長)が中心となり協力してくれる住民を募集。蓄積した体重や血圧などのデータをもとに医師のアドバイスを受けられる仕組みをつくる。初年度は三千人の登録をめざす。
東洋医学を重視
 「生活習慣病などの診断は、今は個別の医師の経験則に頼っているのが現状。予防医学の実現には、データに基づいた診断が必要」。同社理事として事業を統括する椎名一博・三井不動産S&E総合研究所上席主任研究員は強調する。
 もう一つの特徴は東洋医学を重視していることだ。東洋医学には「未病」という考え方がある。健康でも病気でもない状態だ。診断結果に表れない心身の不調を感じていたり、自覚はないが数値に異常が出ているような状態を指す。そんな未病の段階にある人を東洋医学で診断し、早期に病気の芽を摘む。
 プロジェクトを主導する喜多敏明・千葉大准教授は〇四年から柏の葉キャンパスで東洋医学に基づいた診療を手掛けてきた。「上工(優れた医者)は未病を治(ち)す、という言葉が東洋医学にある。精神状態を含めたトータルケアを通じて未病を治す方法を確立したい」
 すでに東洋医学の見地から健康状態を数値化する手法を確立した。将来は健康サポートネットワークのデータベースとも連動させながら、総合診断に役立てていく。
 センターの活動の多くはアイデア段階。浸透には地域住民の理解と協力が欠かせない。椎名氏は「大げさに言えば、日本を変える取り組みになると思っています」と医療の新たな可能性を切り開く意気込みだ。
【図・写真】住民10万人分のデータを収集(千葉県柏市の千葉大柏の葉キャンパス)

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