20080706 日本経済新聞 朝刊

 二〇〇八年四月にスタートした後期高齢者医療制度(長寿医療制度)と〇九年から始まる金融商品の新証券税制。この二つは表から見える負担だけでなく、制度がもたらす影響によって、意外な家計負担増につながる可能性がありそうだ。一回目は、後期高齢者医療制度や国民健康保険の保険料が年金から天引きされることによる「隠れた増税」について検証した。
 四月の開始早々から揺れに揺れる後期高齢者医療制度。同制度に対する批判の一つに「保険料の年金天引き」がある。「一方的な取り立て」「無慈悲」というのが批判の理由だ。
 年金からはこれまで、介護保険料と所得税が天引きされていた。四月からはこれに、後期高齢者医療制度の保険料と、一部自治体の六十五―七十四歳の国民健康保険加入者を対象に国保保険料の天引きも加わった(図A参照)。
 天引きを始めるのは今年十月以降という自治体も少なくないが、今後も実施自治体は増える見通しだ。さらに地方税法の改正を受け、〇九年十月からは住民税も天引きされることになった。
 「天引きに協力するのはやぶさかではないが、天引き額にミスがあった。目に余る行政の失態」(福岡県の七十代後半の男性)。「税や保険料の天引きは政治や税制度への関心の低さにつながる。新たな保険料の天引きは絶対反対」(東京都の七十代後半の男性)
 六月、日経生活モニターに年金から保険料や税金が天引きされることについて意見を聞いたところ、反対する読者からはこのような声が寄せられた。
口座振替は届け出を
 モニターの中には、こんな意見もあった。「妻の年金から介護保険だけでなく後期高齢の保険料まで天引きされるということは、自分の所得控除の額が減ることなので困る」(東京都の七十代後半の男性)。保険料を個々人の年金から天引きすることによって生じる「隠れた増税」に、気が付いている読者が既にいるわけだ。
 政府・与党による後期高齢者医療制度の見直し策を受け、厚生労働省は六月末、保険料を口座振替でも納付できる選択の要件を明らかにした(表B参照)。過去二年間、国保保険料を確実に納付した人や、収入が百八十万円未満で代わりに保険料を納付する家族がいれば、年金からの天引きではなく、口座振替を選択できる。ただし放っておけば天引きのままで、十月に支給される年金から天引きを止めるには、八月上旬までに市区町村に届け出る必要がある。
 では実際、年金からの天引きと口座振替では税金がどのように違うのか。
 表Cは世帯主である子供が後期高齢者医療制度に加入する七十五歳以上の両親と同居しているケース。両親は共に年金収入が百八十万円未満で、表Bの(2)に該当する。両親がそれぞれの年金から保険料を天引きされた場合、子供の社会保険料控除の中に、両親分の保険料を入れることはできない。
 口座振替にすれば、世帯主の口座から保険料を支払えるが、天引きの場合はそれぞれが支払うことになる。税理士の佐藤正明さんは「(天引きだと)支払った人が明らかである以上、それ以外の人の社会保険料控除には使えない」と説明する。
 表Cのケースでは、もし親の保険料を子供が口座振替で支払い、子供の社会保険料控除の対象にできれば、世帯で所得税と住民税を合わせて二万二千八百円節税できる。
きちんと説明なく
 表Dは夫婦二人世帯で共に後期高齢者医療制度に加入しているケース。夫婦それぞれが年金天引きで保険料を支払うと、夫の社会保険料控除に妻の保険料を算入できない。もちろん妻は、自分が支払った分の保険料を所得から控除できるが、百二十万円の公的年金控除と三十八万円の基礎控除を足した百五十八万円より年金収入が少ない場合、社会保険料控除を使う前に所得がゼロになるため、控除枠を使い切れない。
 ファイナンシャルプランナー(FP)の深田晶恵さんは「負担額の増加はわずかかもしれないが、いつの間にか税金が増えることに対して、きちんと説明がないのはおかしい」と警鐘を鳴らす。〇九年の確定申告の時期になって初めて、所得は変わらないのに税金が増えたことに気が付くということになりかねない。
 表に挙げた二例のほかにも、夫が七十四歳以下で国保に残り、妻が七十五歳以上で後期高齢者医療制度に入った場合も増税につながる可能性がある。夫が妻の分の保険料を控除に使えなくなることにより、夫の収入によっては来年度の税金が今年度に比べ増えることになる。
 一方、世帯主の夫が七十五歳以上で後期高齢者医療制度、妻が七十四歳以下で国保というケース。国保は原則、世帯主に保険料の納付義務がある。表Aにもあるように妻の年金からは天引きされないため、引き続き、夫婦の保険料を夫の所得から控除できる。
 口座振替ならば、一度手続きをすれば天引きと同じく保険料をいちいち納付する手間は省ける。「口座振替に切り替えるには申請が必要なので忘れずに」と深田さんは助言する。
 年金天引きから、世帯主や配偶者による保険料の口座振替に切り替えることによる税制上の取り扱いについて、国税庁は「厚労省の政令改正の内容を見て判断したい」として、まだ明確な方針を示していない。ただ社会保険料控除は、生計を一つにする配偶者や家族が保険料を支払った場合、実際に支払った人が受けられるのが原則。社会保険料控除を受けたい人の口座から振り替えれば、隠れ増税を防げるはずだ。(手塚愛実)
【図・写真】年金からは税金や保険料が天引きされている

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