20080610 日本経済新聞 夕刊
理想とする子どもの人数や現実の子どもの数は、専業主婦であっても正社員で働いていてもほぼ変わりはない。しかし、出産へ背中を押す要因は両者の間で違いが見られる。専業主婦の立場から「もう一人」を阻む壁を探った。
「まだ産めるよね」。横浜市の入野直子さん(33)は周囲の人から声を掛けられると「そうね。赤ちゃんはかわいいし」と思う。長男(7)と長女(4)の母親。だが、「三人目は家計の身の丈に合っていない」と話す。「私がフルタイムで働かないと難しい」
懸念するのは教育費。中学受験を視野に小学校時代から塾に通わせたい。となると三人目は「経済的に無理」。職を探すにも育児に追われる日々で「息抜きの時間すらない」という。
東京都町田市の田中亜矢子さん(37)と夫の伸一さん(39)は六年前、「子育てに良さそう」と緑あふれる現在の地に引っ越した。周囲には子どもが三―四人いる家庭も多い。七歳と二歳の息子に恵まれた田中さん夫婦も「次は女の子?」と度々、聞かれる。
経済的な障壁はないが、亜矢子さんは「自信がない」と話す。夫は夜九時、十時まで働くのが常態。「自分一人で三人も育てられるか不安」。育児ストレスを好きな手芸で解消しつつ「二人の成長をきめ細かく見守りたい」と今は考えている。
厚生労働省によると、二〇〇七年の出生数は第一子と第二子が減ったのに対し、第三子以上は増えた。「三十代後半の女性が最後にもう一人ほしい、と産んだと推測できる」(同省)。ただ子どもをさらにほしいと思いながらも、現状で手いっぱいで出産をためらう女性は今も多い。
理想は二・三八人、現実は一・六二人――。日本経済新聞社が五月下旬に実施した調査(対象=三十代の専業主婦とフルタイムで働く母親、合計千三十人)でも「二人プラスα」への志向はうかがえる。〇七年の合計特殊出生率は一・三四で少子化傾向に歯止めはかかっていない。もし理想の子どもの数がかなうなら少子化も解決可能だ。
子どもの数が理想を下回ると答えた専業主婦にその理由を聞いたところ、「経済的に余裕がない」が最多だった。「給料は横ばいなのに物価ばかり上がって生活できない」(東京都、38歳)、「自分たちや親の老後が不安なのに子育てできるのか」(佐賀県、34歳)と生活不安を訴える声が相次ぐ。
「年齢・体力的に三人目はまだ間に合う」という埼玉県の主婦(37)もいた。しかし「身近に手助けしてくれる人もいない」と訴える。「私一人に育児負担がのしかかる」(兵庫県、37歳)といった閉塞(へいそく)感は、専業主婦の大きな壁となっている。
パパは深夜残業
本紙の調査では、専業主婦の六一%が「育児負担が働く女性より重い」と回答。企業の両立支援は男性の働き方の見直しまでには至らず、専業主婦の負担は軽くはない。「深夜残業は当たり前。もう少し会社がパパを支援する体制を整えて」(静岡県、36歳)という声はまだ、企業に届かない。
どんな少子化対策を望んでいるのか。調査で上位に入ったのは「児童手当の拡充」「出産育児一時金の増額」「気軽に預けられる託児施設の充実」だった。
経済支援に加え、トランタンネットワーク新聞社の藤本裕子さん(52)は「子どもを産み育てることへの社会的評価」が挙がった点に着目する。約二十年にわたり子育て情報紙の発行などで「お母さん業の魅力発見」を訴えてきた。
「母親が子育てを素晴らしいと思えなければ、制度が整っても変わらない」と話す。子育てを考える場を作ろうと五月、情報紙をリニューアルし、ウェブとも連動する「月刊お母さん業界新聞」の発行を始めた。
記事は全国約二百人のマザー・ジャーナリスト(MJ)が執筆。神奈川県藤沢市の佐々木和枝さん(32)もその一人だ。以前は「スーパー、病院、自宅を回る“三角主婦”だった」。社会に取り残される焦りから働きに出たいと思っていたが、MJとして発信するうち、これまで本気で預け先を探したことはないと気づいた。むしろ「母親業が自分は好きと分かった」。
「子どもが増えるほど社会復帰が遅くなり、自信も失う。金銭面でも精神面でも向上できない」(北海道、32歳)。専業主婦の「もう一人」を阻む壁は複雑な要因が絡み合う。専業主婦だからすべてを我慢して子育てをするのは当たり前といえる時代かどうか、男女の生き方の多様化に合わせて考えるときだろう。
赤羽雅浩、高橋香織、京塚環が担当しました。
夫の育児へのかかわりについて専業主婦は「不満足」「やや不満足」が合計20.3%で、正社員女性(18.1%)より高め。一方、満足派は専業主婦が61.7%と正社員女性(70.1%)より少ない。
専業主婦の満足感が低いのは、夫への期待の高さゆえかもしれない。「主にだれに子育てを手伝ってもらうか」と尋ねた質問で「夫」と答えた専業主婦は86.8%と、正社員女性より1.4ポイント高いからだ。
子育てで正社員の女性が親や有料育児サービスの助けを得る一方、専業主婦は夫やママ友が頼り――。調査からはそんな姿が浮かぶ。さらに、専業主婦の20人に1人が「だれの助けも借りていない」と回答した。
ご意見、情報をお寄せください。〒100-8065(住所不要)日本経済新聞生活情報部、FAX03-5255-2682、電子メールseikatsu@nex.nikkei.co.jp
【図・写真】1男3女の育児のかたわら、子育て情報紙にかかわる佐々木和枝さん
理想とする子どもの人数や現実の子どもの数は、専業主婦であっても正社員で働いていてもほぼ変わりはない。しかし、出産へ背中を押す要因は両者の間で違いが見られる。専業主婦の立場から「もう一人」を阻む壁を探った。
「まだ産めるよね」。横浜市の入野直子さん(33)は周囲の人から声を掛けられると「そうね。赤ちゃんはかわいいし」と思う。長男(7)と長女(4)の母親。だが、「三人目は家計の身の丈に合っていない」と話す。「私がフルタイムで働かないと難しい」
懸念するのは教育費。中学受験を視野に小学校時代から塾に通わせたい。となると三人目は「経済的に無理」。職を探すにも育児に追われる日々で「息抜きの時間すらない」という。
東京都町田市の田中亜矢子さん(37)と夫の伸一さん(39)は六年前、「子育てに良さそう」と緑あふれる現在の地に引っ越した。周囲には子どもが三―四人いる家庭も多い。七歳と二歳の息子に恵まれた田中さん夫婦も「次は女の子?」と度々、聞かれる。
経済的な障壁はないが、亜矢子さんは「自信がない」と話す。夫は夜九時、十時まで働くのが常態。「自分一人で三人も育てられるか不安」。育児ストレスを好きな手芸で解消しつつ「二人の成長をきめ細かく見守りたい」と今は考えている。
厚生労働省によると、二〇〇七年の出生数は第一子と第二子が減ったのに対し、第三子以上は増えた。「三十代後半の女性が最後にもう一人ほしい、と産んだと推測できる」(同省)。ただ子どもをさらにほしいと思いながらも、現状で手いっぱいで出産をためらう女性は今も多い。
理想は二・三八人、現実は一・六二人――。日本経済新聞社が五月下旬に実施した調査(対象=三十代の専業主婦とフルタイムで働く母親、合計千三十人)でも「二人プラスα」への志向はうかがえる。〇七年の合計特殊出生率は一・三四で少子化傾向に歯止めはかかっていない。もし理想の子どもの数がかなうなら少子化も解決可能だ。
子どもの数が理想を下回ると答えた専業主婦にその理由を聞いたところ、「経済的に余裕がない」が最多だった。「給料は横ばいなのに物価ばかり上がって生活できない」(東京都、38歳)、「自分たちや親の老後が不安なのに子育てできるのか」(佐賀県、34歳)と生活不安を訴える声が相次ぐ。
「年齢・体力的に三人目はまだ間に合う」という埼玉県の主婦(37)もいた。しかし「身近に手助けしてくれる人もいない」と訴える。「私一人に育児負担がのしかかる」(兵庫県、37歳)といった閉塞(へいそく)感は、専業主婦の大きな壁となっている。
パパは深夜残業
本紙の調査では、専業主婦の六一%が「育児負担が働く女性より重い」と回答。企業の両立支援は男性の働き方の見直しまでには至らず、専業主婦の負担は軽くはない。「深夜残業は当たり前。もう少し会社がパパを支援する体制を整えて」(静岡県、36歳)という声はまだ、企業に届かない。
どんな少子化対策を望んでいるのか。調査で上位に入ったのは「児童手当の拡充」「出産育児一時金の増額」「気軽に預けられる託児施設の充実」だった。
経済支援に加え、トランタンネットワーク新聞社の藤本裕子さん(52)は「子どもを産み育てることへの社会的評価」が挙がった点に着目する。約二十年にわたり子育て情報紙の発行などで「お母さん業の魅力発見」を訴えてきた。
「母親が子育てを素晴らしいと思えなければ、制度が整っても変わらない」と話す。子育てを考える場を作ろうと五月、情報紙をリニューアルし、ウェブとも連動する「月刊お母さん業界新聞」の発行を始めた。
記事は全国約二百人のマザー・ジャーナリスト(MJ)が執筆。神奈川県藤沢市の佐々木和枝さん(32)もその一人だ。以前は「スーパー、病院、自宅を回る“三角主婦”だった」。社会に取り残される焦りから働きに出たいと思っていたが、MJとして発信するうち、これまで本気で預け先を探したことはないと気づいた。むしろ「母親業が自分は好きと分かった」。
「子どもが増えるほど社会復帰が遅くなり、自信も失う。金銭面でも精神面でも向上できない」(北海道、32歳)。専業主婦の「もう一人」を阻む壁は複雑な要因が絡み合う。専業主婦だからすべてを我慢して子育てをするのは当たり前といえる時代かどうか、男女の生き方の多様化に合わせて考えるときだろう。
赤羽雅浩、高橋香織、京塚環が担当しました。
夫の育児へのかかわりについて専業主婦は「不満足」「やや不満足」が合計20.3%で、正社員女性(18.1%)より高め。一方、満足派は専業主婦が61.7%と正社員女性(70.1%)より少ない。
専業主婦の満足感が低いのは、夫への期待の高さゆえかもしれない。「主にだれに子育てを手伝ってもらうか」と尋ねた質問で「夫」と答えた専業主婦は86.8%と、正社員女性より1.4ポイント高いからだ。
子育てで正社員の女性が親や有料育児サービスの助けを得る一方、専業主婦は夫やママ友が頼り――。調査からはそんな姿が浮かぶ。さらに、専業主婦の20人に1人が「だれの助けも借りていない」と回答した。
ご意見、情報をお寄せください。〒100-8065(住所不要)日本経済新聞生活情報部、FAX03-5255-2682、電子メールseikatsu@nex.nikkei.co.jp
【図・写真】1男3女の育児のかたわら、子育て情報紙にかかわる佐々木和枝さん