20080605 日本経済新聞 夕刊
国民年金や厚生年金などの公的年金を担保に、融資を受けることができる年金担保融資。安易な理由で無計画に借りたり、他人に利用されたりして後々生活に困る例が出ている。融資を受ける際の審査体制の甘さだけでなく、制度そのものの在り方を疑問視する声もある。
「あと四カ月、一体どうやって生活すれば」。二〇〇七年十月。大阪府に住む山本健二さん(仮名、75)の手元には六百円しか残っていなかった。偶数月に二カ月分まとめて振り込まれる年金約四十万円は〇八年の二月まで受給額ゼロ。年金担保融資で〇六年に受けた二百四十万円の返済期間が、終わっていなかったからだ。
切迫した理由があって融資を受けたわけではない。「気分的に、年金を二カ月に一度こまごまもらうより、一括で受け取ったほうが安心だから」。借りた二百四十万円のうち八十万円を知人に貸し、その知人が亡くなり返してもらえなくなった不運もあるが、金銭感覚の甘さが危機的状況を招いた。結局別の友人らに三十万円を借りて急場をしのいだ。
年金担保融資は厚労省の所轄機関である独立行政法人福祉医療機構が〇一年より扱っている公的年金の受給者に対する貸付事業だ。
250万円貸し付け
年間約二十万件の利用があり、一度に十万―二百五十万円、あるいは年金の年額一・二倍まで借りることができる。金利は二・六%と消費者金融に比べ低い。借入窓口は、都市銀行や地域の信用金庫などが担う。生活費の補充や冠婚葬祭費など、やむにやまれず借りるケースももちろんあるが、このところ無計画に融資を受け、後々生活困窮に陥る例が出てきたという。
借りる側の責任も重いが、それを助長するのは融資の際の審査の甘さだ。機構は委託先の銀行や信用組合などに貸し付け要件等を記したマニュアルを配布。借り手と対面する金融機関の担当者が、収入や財産など個人の生活状況を把握し、適切な助言をするように求めている。
だが現場では必ずしもルールが守られていない。生活困窮に陥った山本さんも、前回融資の完済直後、今年の三月に再び融資を受けられた。「(大手都市銀行の融資窓口では)使用目的なんて話さなかった。生活が苦しくなったことも聞かれなかった」(山本さん)
審査の甘さが、高齢者の生活自体を危険にさらす場合もある。
「年金手取り額が毎回ゼロの状態。弟は、これから一体どうやって生活すればいいのか」。東京都の吉田作治さん(仮名、77)は頭を抱える。〇七年二月に弟が年金担保融資を利用し、年金の約一年分にあたる二百五十万円を前借りした。ところがそのほとんどを知人に使い込まれていた。
申し込みに際し、銀行窓口の担当者に弟とその知人が対応した。吉田さんは「弟は、申し込み当時、耳がほとんど聞こえず、一目みればおかしいと分かったはず。なぜ窓口で気付いてくれなかったのか」と憤る。
生活保護の危機
多重債務の問題に詳しい東京情報大学の堂下浩准教授は、年金担保融資の制度特有の問題を指摘する。「年金が担保であるため返済が滞るリスクが極端に低い。金融機関も手続きを代行するだけでリスクはない。これらが融資の際の審査体制の甘さにつながっている」(堂下准教授)。実際、返済能力を超える多額な貸し付けを年金担保融資から受けて、家計が破綻し生活保護を申請する例も目立ってきたという。
年金を担保にする融資は民間では禁止されている。年金は高齢者の生活を支える貴重な収入源。それを担保として差し押さえられると、容易に生活破綻しかねないからだ。ただ年金収入しかない高齢者でも医療費や冠婚葬祭費などで一時的に多額な出費が必要になる場合がある。こうした要請に年金担保融資は応える。適正な運用には慎重な審査が欠かせない。
批判を受け、福祉医療機構は制度見直しに着手した。外部の有識者六人で構成する研究会を〇八年一月に立ち上げ、この夏にも報告書をまとめる。委員である東京財団の石川和男研究員は「制度そのものは、うまく利用している人が大半。生活困窮につながる高齢者を防ぐには年金以外の収入の有無、過去の借り入れ歴や生活状況などをデータベース化し、リスクの高い人には地域の見守りなどアフターケアを充実させるべきだ。問題があれば融資の制限も必要だ」と指摘する。
高齢者らの生活支援を目的に年金などの担保が不要な融資を行うところもある。有限責任中間法人生活サポート基金(東京・中央)がその一つ。営利を目的とせず、二〇〇七年三月から地域で集めた資金を基に貸し付けを行っている。現在の融資利率一二・五%。相談者の収入や債務状況などを把握し、生活再建に向けた助言もきめ細かく行う。この三月からは東京都からの補助金も得て低金利(三・五%)の融資も登場した。
横沢善夫専務理事は「年金は生きるための最低限の資金で預金ができる人はまれ。年金生活者が急な出費などで資金ぐりに困った際には、相談に来てほしい」とする。その上で「自ら働きに出て収入を得るのか、家族の協力を得るのか、あるいは基金からの融資で生活再建をするのか、一緒に模索していきたい」と説明する。
ご意見、情報をお寄せください。〒100-8065(住所不要)日本経済新聞生活情報部、FAX03-5255-2682、電子メールseikatsu@nex.nikkei.co.jp
【図・写真】年金担保融資により年金受取額は0円になることもある
国民年金や厚生年金などの公的年金を担保に、融資を受けることができる年金担保融資。安易な理由で無計画に借りたり、他人に利用されたりして後々生活に困る例が出ている。融資を受ける際の審査体制の甘さだけでなく、制度そのものの在り方を疑問視する声もある。
「あと四カ月、一体どうやって生活すれば」。二〇〇七年十月。大阪府に住む山本健二さん(仮名、75)の手元には六百円しか残っていなかった。偶数月に二カ月分まとめて振り込まれる年金約四十万円は〇八年の二月まで受給額ゼロ。年金担保融資で〇六年に受けた二百四十万円の返済期間が、終わっていなかったからだ。
切迫した理由があって融資を受けたわけではない。「気分的に、年金を二カ月に一度こまごまもらうより、一括で受け取ったほうが安心だから」。借りた二百四十万円のうち八十万円を知人に貸し、その知人が亡くなり返してもらえなくなった不運もあるが、金銭感覚の甘さが危機的状況を招いた。結局別の友人らに三十万円を借りて急場をしのいだ。
年金担保融資は厚労省の所轄機関である独立行政法人福祉医療機構が〇一年より扱っている公的年金の受給者に対する貸付事業だ。
250万円貸し付け
年間約二十万件の利用があり、一度に十万―二百五十万円、あるいは年金の年額一・二倍まで借りることができる。金利は二・六%と消費者金融に比べ低い。借入窓口は、都市銀行や地域の信用金庫などが担う。生活費の補充や冠婚葬祭費など、やむにやまれず借りるケースももちろんあるが、このところ無計画に融資を受け、後々生活困窮に陥る例が出てきたという。
借りる側の責任も重いが、それを助長するのは融資の際の審査の甘さだ。機構は委託先の銀行や信用組合などに貸し付け要件等を記したマニュアルを配布。借り手と対面する金融機関の担当者が、収入や財産など個人の生活状況を把握し、適切な助言をするように求めている。
だが現場では必ずしもルールが守られていない。生活困窮に陥った山本さんも、前回融資の完済直後、今年の三月に再び融資を受けられた。「(大手都市銀行の融資窓口では)使用目的なんて話さなかった。生活が苦しくなったことも聞かれなかった」(山本さん)
審査の甘さが、高齢者の生活自体を危険にさらす場合もある。
「年金手取り額が毎回ゼロの状態。弟は、これから一体どうやって生活すればいいのか」。東京都の吉田作治さん(仮名、77)は頭を抱える。〇七年二月に弟が年金担保融資を利用し、年金の約一年分にあたる二百五十万円を前借りした。ところがそのほとんどを知人に使い込まれていた。
申し込みに際し、銀行窓口の担当者に弟とその知人が対応した。吉田さんは「弟は、申し込み当時、耳がほとんど聞こえず、一目みればおかしいと分かったはず。なぜ窓口で気付いてくれなかったのか」と憤る。
生活保護の危機
多重債務の問題に詳しい東京情報大学の堂下浩准教授は、年金担保融資の制度特有の問題を指摘する。「年金が担保であるため返済が滞るリスクが極端に低い。金融機関も手続きを代行するだけでリスクはない。これらが融資の際の審査体制の甘さにつながっている」(堂下准教授)。実際、返済能力を超える多額な貸し付けを年金担保融資から受けて、家計が破綻し生活保護を申請する例も目立ってきたという。
年金を担保にする融資は民間では禁止されている。年金は高齢者の生活を支える貴重な収入源。それを担保として差し押さえられると、容易に生活破綻しかねないからだ。ただ年金収入しかない高齢者でも医療費や冠婚葬祭費などで一時的に多額な出費が必要になる場合がある。こうした要請に年金担保融資は応える。適正な運用には慎重な審査が欠かせない。
批判を受け、福祉医療機構は制度見直しに着手した。外部の有識者六人で構成する研究会を〇八年一月に立ち上げ、この夏にも報告書をまとめる。委員である東京財団の石川和男研究員は「制度そのものは、うまく利用している人が大半。生活困窮につながる高齢者を防ぐには年金以外の収入の有無、過去の借り入れ歴や生活状況などをデータベース化し、リスクの高い人には地域の見守りなどアフターケアを充実させるべきだ。問題があれば融資の制限も必要だ」と指摘する。
高齢者らの生活支援を目的に年金などの担保が不要な融資を行うところもある。有限責任中間法人生活サポート基金(東京・中央)がその一つ。営利を目的とせず、二〇〇七年三月から地域で集めた資金を基に貸し付けを行っている。現在の融資利率一二・五%。相談者の収入や債務状況などを把握し、生活再建に向けた助言もきめ細かく行う。この三月からは東京都からの補助金も得て低金利(三・五%)の融資も登場した。
横沢善夫専務理事は「年金は生きるための最低限の資金で預金ができる人はまれ。年金生活者が急な出費などで資金ぐりに困った際には、相談に来てほしい」とする。その上で「自ら働きに出て収入を得るのか、家族の協力を得るのか、あるいは基金からの融資で生活再建をするのか、一緒に模索していきたい」と説明する。
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【図・写真】年金担保融資により年金受取額は0円になることもある