20080603 日経産業新聞
大手銀行は二日、住宅ローン金利を引き上げた。金利上昇は住宅購入を検討してきた人の背中を押す効果があり、本来なら住宅販売にとってはプラス要因。だが今回はその気配がない。原因は「年収三倍の壁」。団塊ジュニアを中心に物件価格が年収の三倍を超えると、購入をあきらめる傾向が強まっている。特に完成在庫を多く抱えたマンション業界にとっては逆風となりそうな雲行きだ。
三菱東京UFJなど大手四行は三年物の固定金利で五月から〇・三%上げ、三・五五%とした。仮に五千万円の物件を購入すると、五月に新規融資した人に比べ、年間約十万円支払いが多くなる計算だ。金利の引き上げは五月に続き二カ月連続。金利の先高観が強まれば、購入予定者の反応も「そろそろ買ってしまわないと負担がもっと増える」となるのが常だ。
完成在庫の山
実際、直近の金利上昇局面とほぼ重なる〇三年度は買い需要が高まった。首都圏の初月契約率(発売したマンションに占める実際に売れたマンションの戸数)は前年度比三・一ポイント増の七八・六%。好不調の目安となる七〇%を上回り、新規発売戸数も八万三千戸台と高水準だった。
今回はどうか。今年四月のマンションの初月契約率は六三・一%(首都圏)と低水準だった。五月に大手行は十年物の固定金利を〇・一五%引き上げたが「改善傾向はほとんど見られなかった」(不動産経済研究所)。
マンション調査会社、トータルブレインの久光龍彦社長は「金利だけで住宅という高額物件の購入を簡単に決められるような状況ではない」とみる。景気の先行きが不透明なことに加え、ムードに流されない購買行動が定着しつつあるという。
マンションを初めて購入するのは年齢三十―三十五歳の団塊ジュニアが中心。年収五倍が目安とされてきたマンション価格だが、三井不動産レジデンシャルによるとこの世代を中心に「『年収の三倍』という線を絶対に超えない傾向が強い」(松本光弘社長)。
不動産経済研究所の調査では〇五年に首都圏で四千百八万円だったマンションの発売価格は〇七年までに一三・〇%(五百三十六万円)値上がりした。欲しい価格と現実の価格差は広がったが、「自分の年収や買った不動産の価値が将来どうなるか、団塊ジュニアは保守的にみる。バブル崩壊に苦しんだ親の姿をみている影響か、大きなリスクは冒さない人が多い」大手不動産販売会社)。
東京カンテイの調査によると二〇〇七年に東京都内で発売された分譲マンション価格は勤労者の平均年収の九・八五倍。〇六年の八・五八倍に比べ一段と拡大した。その結果、マンション完成在庫は首都圏で六千戸、近畿圏で二千三百戸まで膨らんだ。デベロッパーが値引き処分に踏み切ったとしてもさばくのは容易でない。
自己破産企業も
「マンション業界の環境は予想を超えて厳しくなり……」――。五月三十日。大阪・御堂筋沿いのマンションデベロッパー、近藤産業の本社で、弁護士に付き添われた幹部は社員にこう切り出した。大阪地裁に破産手続きの開始を申し立てたことを告げた。負債総額は約三百二十億円。マンション業界では今年に入り最大の「大型倒産」だ。
「自己破産とはまったく寝耳に水」――。大阪に地盤を置く取引銀行からはこんな声が上がる。民事再生法や会社更生法なら財務体質の改善に取り組みつつ、事業を継続。融資額の二―一〇%とは言え返ってくるのが相場。しかし、自己破産となればほぼ完全な取りはぐれとなる。
同社は東証一部の新興デベロッパー、ゼファーの全額出資子会社だが、もとは一九六〇年代後半設立の近藤コーポレーションを起源とする。「メロディーハイム」のブランドで〇七年度は九百戸を超えるマンションを供給、関西では一定の知名度がある。マンション事業から完全に手を引くという決断の衝撃は小さくない。
マンション事業を取り巻く厳しさは中堅・中小に限った話ではない。三菱地所は〇七年度当初、前年度実績の一・七倍にあたる四千三百戸の発売を計画していたが、結果はほぼ半分の約二千三百戸にとどまった。「売れる価格にまで何とか値下げしようと交渉したため、発売時期がずれ込んだ」(同社)という。
戸建て住宅も低空飛行が続く。住宅生産団体連合会(東京・港、和田勇会長、住団連)が、積水ハウスなど大手十四社に実施したアンケートによると、二〇〇八年度の注文住宅の新設着工戸数見込みは三十二万九千戸。改正建築基準法施行の影響で落ち込んだ〇七年度よりは上向くものの、〇六年度実績比では七・五%減となる。
ガソリンや食料など生活必需品の値上がりなど消費者心理が冷え込む要因には事欠かない。住宅販売、とりわけマンション市況の冷え込みはさらに厳しくなりそうでその出口は見えない。(前野雅弥、戸田健太郎)
【図・写真】住宅ローン金利上昇でも駆け込み需要の動きは見えない(都内のモデルルーム)