20080523 日本経済新聞 夕刊

 医療ケアの必要な高齢者が在宅生活を続けられる新サービス。それが「療養通所介護」だ。在宅療養を望んだり、病院での長期入院の抑制でやむなく自宅に戻ったりした人たちには願ってもないものだ。だが、始まって二年たつのに全国で六十カ所にも達していない。
 「表情が良くなり、言葉も少し出るようになった。病院とは全く違う雰囲気も気に入っているようです」
 埼玉県鳩山町で夫婦二人暮らしの根岸和さん(72)は、夫の渡さん(75)の最近のケアサービスに満足している。渡さんが週二回通っているのは「彩西療養通所介護鳩山」。
飲食店を改装
 元はライブハウスだったという天井の高いロッジ風の建物をNPO法人(特定非営利活動法人)彩西ナーシングケアが買い取って、五つの個室を設け二〇〇七年十月から始めた。
 渡さんは〇六年に脳こうそくで倒れ、右半身まひで言語障害もある。要介護度は四。つい大声が出てしまうので、他の施設では敬遠されがちだったが、ここでは看護師などスタッフがじっくりかかわるので落ち着いて過ごすという。
 脳卒中の後遺症で全身まひ、ほぼ寝たきりのAさん(75)や、タンの吸引が頻繁に必要で胃ろうのBさん(68)など医療ニーズの高い高齢者も通ってくる。
 療養通所介護は〇六年四月から介護保険制度に新しく加わったサービス。常時看護師の観察が欠かせない中重度の要介護高齢者が日中過ごす。自宅訪問している訪問看護ステーションの看護師たちが「通所スタイルがあれば充実したケアができる」と要望してきた。
 難病の脊髄(せきずい)小脳変性症のCさん(76)は、横浜市にある青葉区メディカルセンターに週二回通う。ベッドに寝たままで外出機会がなかったが、ガラリと様子が変わった。
 車イスに座って視野が広がり、周囲に意志を伝えるようになった。着替えや移乗の際に暴れることもなく落ち着いて過ごす。看護師やヘルパーが自宅訪問を続けてきたが、一時間半ほどの短い訪問中ではせわしく、不快感が募り反発行為が出てしまったようだ。
家族の休息にも
 同センターの管理者で看護師の松木満里子さんは「ここでは長時間一緒に過ごすので、利用者ときちんと向き合える」と話す。
 在宅療養者だけでなく、支える家族の休息にもなる療養通所。だが、この四月までに全国でわずか五十三カ所しか開設されていない。青森、宮城、和歌山など十三県には一つもない。
 必要なのになぜ広がらないのか。関係者は声をそろえて「介護保険から事業者に支払われる介護報酬が低すぎる」と断言する。一般の通所介護(デイサービス)と比べてみる。
 通所介護は要介護五の場合の報酬は、利用者一人当たり一万千二百五十円だが、入浴や個別機能訓練などの加算が付く。療養通所の報酬は一律一万五千円で加算は一切ない。そのため通所介護の二割増ほどにとどまる。通所介護と違い医療ケアの専門職が配置されているのに差額は小さい。
 「二万三千円にして加算も設けてほしい」と、制度化へ旗を振ってきた先駆的な事業者や日本訪問看護振興財団は主張してきた。
 運営基準もハードルが高い。通所介護の職員配置は利用者数により異なり、十人ならば二人でよいが、療養通所は一・五対一だ。〇六年度の発足当初は、がん末期と難病の患者に限定されており、手厚い人員が必要だったが、〇七年度からその枠が消えて軽度者にも門戸が開かれた。一日の利用定員も五人以内と少なくスケールメリットが出ない。現場からは「定員を増やして」という声が強い。
 「緊急対応時の病院が近接地に」という開設条件もネックだ。「距離がはっきりしないので、行政との折衝で苦労した」(さいたま市の療養通所介護えがお)。それに「緊急時には主治医に連絡するので、この条件は不要では」と事業者たちは首をかしげる。
 介護保険制度は〇九年春からの第四期を控え、近々再検討に入る。「(療養通所は)全国で五百カ所は必要」(同振興財団)という目標を実現できるような改正が望まれる。
 (編集委員 浅川澄一)
 「開設している事業者も約九割は赤字」(日本訪問看護振興財団調べ)という厳しい実態。そこへ助成金を投入する自治体が出てきた。
 横浜市は改装や備品調達に上限三百万円、重度者対応機器に同百五十万円の補助を始めた。二つの事業者が昨年、ベッドや入浴用のリフトの購入にあてた。同市では「五年のうちに全十八区で整備を進めたい」としている。
 一つも事業所がない新潟県も今年度に一千五百万円を予算計上した。建設費や備品など使途は問わずにひとつの事業者が全額使える。
 いずれの助成も事業者の開設意欲を高める狙いだ。だが、肝心の人件費には使えない。一方で療養病床の廃止・縮小をはじめ、入院期間の短縮策が浸透し早期退院を迫られる人が増加するのは確実。さらに踏み込んだ自治体の施策が期待される。
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【図・写真】彩西療養通所介護鳩山はライブハウスを改装し、昨秋サービスを始めた(埼玉県鳩山町)