20080516 日本経済新聞 朝刊
「月一回の楽しみをしばらく控えます」。神奈川県の主婦・嶋田英子(仮名、53)は肩を落とす。毎月、小遣いのように配当を受け取れる分配型投資信託を購入したのが二年前。以来、そのお金で毎月、家族で高級レストラン巡りをしていたが、今年に入って基準価格が急落。購入時から受け取ってきた分配金の合計を損失が上回ったためだ。
「国には責任をとれ、といいたいところだが、しかたない」。約三十本の投信に約八千万円を投じていた滋賀県の無職、内藤一義(仮名、61)は株式と合わせて四千万円の損失を抱え、途方に暮れる。
■解約が上回る
官民挙げて「貯蓄から投資へ」の動きが本格的に始まったのは二〇〇三年。同年二月、竹中平蔵経財・金融担当相(当時)は「個人株主を育てる先頭に立つ」と語り、閣僚に上場投信(ETF)を購入し、普及を促すよう呼び掛けた。以来、投信は家計のお金を投資に呼び込むパイプ役となり、昨年十月の市場規模は過去最高の六十九兆円。〇三年の四倍強の規模に膨らんだ。それからわずか半年。パイプが目詰まりを起こしている。
野村アセットマネジメントなど投信の大手運用会社十社の四月の販売動向によると、解約額が新規の販売額を約六百七十億円上回った。「資金流出」と呼ばれる現象だ。投信市場全体では資金流入となったが、四年六カ月ぶりの低水準にとどまった。
昨夏までは日本人が対岸の火事と思っていた米国の信用力の低い個人向け住宅融資(サブプライムローン)問題。日本の金融機関の損失額は約一兆五千億円を上回る規模に拡大したが、日本の家計の痛みはそれを上回る。投信だけでも半年前に比べ八兆円弱の富が消えた。
厳しい運用環境は株式でも同じ。相場上昇を見込み証券会社から資金を借りて株を買う信用取引。昨年には五兆円あった残高は二兆円を割り込んだ。損失が拡大した投資家は「動くに動けない状態」(松井道夫・松井証券社長=55)。三月に日本株を売り越していた外国人投資家は四月から買い越しに転じた。それなのに、日本の個人の動きは鈍い。
「貯蓄から投資へ」の流れはこのまま止まってしまうのだろうか。会員制サイト「日経ネットPLUS」を通じ、個人投資家にこの一年間の投資成果を聞いたところ、株式で七五%、投信では五三%の人が損をしている。それにもかかわらず、「貯蓄から投資へを実践してよかったと思う」と答えた人は全体の六六%と「失敗だったと思う」の三四%を上回った。
低金利の長期化が予想されるなか、「よかった」と思う人は長い目でみた投資の力に注目する。東京都の男性(61)は「今後も投信での運用を考えざるを得ない」という。揺らぐ年金制度、増加する医療費、伸びない給与所得……。「運用で自己防衛するしかない」(青森県の男性、63)。こんな切迫感も家計を運用に駆り立てる。
■投資が保険に
見逃せないのは物価上昇への警戒感だ。原油価格が最高値圏で推移し、食品の値上げが相次ぎ、「銀行預金では物価上昇に対応できない」(東京都の男性、57)。米著名投資家ウォーレン・バフェット(77)が「資産の最大の敵はインフレで、対抗手段としてもっとも優れているのは株式」と指摘するように、株式や投信は物価上昇に対して保険の役目を果たすとされる。
ここにきて株式相場は戻り歩調をたどっているが、家計が負った傷は広範囲に及び、深い。それでも将来の生活を守るためには、自らの手で道筋を描くしかない。(敬称略)
◇
サブプライムの逆風を受け日本の家計が立ちすくんでいる。混乱する市場とどう向き合えばいいのか。再出発の手掛かりを探る。
日経ネットPLUS(http://netplus.nikkei.co.jp/)で関連情報を掲載しています。
【図・写真】中国、インド……投信ブームは続くか
「月一回の楽しみをしばらく控えます」。神奈川県の主婦・嶋田英子(仮名、53)は肩を落とす。毎月、小遣いのように配当を受け取れる分配型投資信託を購入したのが二年前。以来、そのお金で毎月、家族で高級レストラン巡りをしていたが、今年に入って基準価格が急落。購入時から受け取ってきた分配金の合計を損失が上回ったためだ。
「国には責任をとれ、といいたいところだが、しかたない」。約三十本の投信に約八千万円を投じていた滋賀県の無職、内藤一義(仮名、61)は株式と合わせて四千万円の損失を抱え、途方に暮れる。
■解約が上回る
官民挙げて「貯蓄から投資へ」の動きが本格的に始まったのは二〇〇三年。同年二月、竹中平蔵経財・金融担当相(当時)は「個人株主を育てる先頭に立つ」と語り、閣僚に上場投信(ETF)を購入し、普及を促すよう呼び掛けた。以来、投信は家計のお金を投資に呼び込むパイプ役となり、昨年十月の市場規模は過去最高の六十九兆円。〇三年の四倍強の規模に膨らんだ。それからわずか半年。パイプが目詰まりを起こしている。
野村アセットマネジメントなど投信の大手運用会社十社の四月の販売動向によると、解約額が新規の販売額を約六百七十億円上回った。「資金流出」と呼ばれる現象だ。投信市場全体では資金流入となったが、四年六カ月ぶりの低水準にとどまった。
昨夏までは日本人が対岸の火事と思っていた米国の信用力の低い個人向け住宅融資(サブプライムローン)問題。日本の金融機関の損失額は約一兆五千億円を上回る規模に拡大したが、日本の家計の痛みはそれを上回る。投信だけでも半年前に比べ八兆円弱の富が消えた。
厳しい運用環境は株式でも同じ。相場上昇を見込み証券会社から資金を借りて株を買う信用取引。昨年には五兆円あった残高は二兆円を割り込んだ。損失が拡大した投資家は「動くに動けない状態」(松井道夫・松井証券社長=55)。三月に日本株を売り越していた外国人投資家は四月から買い越しに転じた。それなのに、日本の個人の動きは鈍い。
「貯蓄から投資へ」の流れはこのまま止まってしまうのだろうか。会員制サイト「日経ネットPLUS」を通じ、個人投資家にこの一年間の投資成果を聞いたところ、株式で七五%、投信では五三%の人が損をしている。それにもかかわらず、「貯蓄から投資へを実践してよかったと思う」と答えた人は全体の六六%と「失敗だったと思う」の三四%を上回った。
低金利の長期化が予想されるなか、「よかった」と思う人は長い目でみた投資の力に注目する。東京都の男性(61)は「今後も投信での運用を考えざるを得ない」という。揺らぐ年金制度、増加する医療費、伸びない給与所得……。「運用で自己防衛するしかない」(青森県の男性、63)。こんな切迫感も家計を運用に駆り立てる。
■投資が保険に
見逃せないのは物価上昇への警戒感だ。原油価格が最高値圏で推移し、食品の値上げが相次ぎ、「銀行預金では物価上昇に対応できない」(東京都の男性、57)。米著名投資家ウォーレン・バフェット(77)が「資産の最大の敵はインフレで、対抗手段としてもっとも優れているのは株式」と指摘するように、株式や投信は物価上昇に対して保険の役目を果たすとされる。
ここにきて株式相場は戻り歩調をたどっているが、家計が負った傷は広範囲に及び、深い。それでも将来の生活を守るためには、自らの手で道筋を描くしかない。(敬称略)
◇
サブプライムの逆風を受け日本の家計が立ちすくんでいる。混乱する市場とどう向き合えばいいのか。再出発の手掛かりを探る。
日経ネットPLUS(http://netplus.nikkei.co.jp/)で関連情報を掲載しています。
【図・写真】中国、インド……投信ブームは続くか