20080511 日本経済新聞 朝刊

 臓器移植法施行から十年半以上がたってもなお、六十八例と伸び悩む脳死移植。提供者を書面での意思表示がある「十五歳以上」に限るなど、各国に比べて厳格な要件を緩和しようと、議員立法による改正案が約二年前、国会に提出された。事実上、たなざらしの状態が続いたが、今春になり、患者家族と国会議員の懇談会や勉強会などが活発化。今国会で審議しようという機運も芽生え始めた。
 「自分に置き換えて考えてください。死なずにすむ病気が法律によって助けられない。国会議員には命を救う義務があります。早急に審議していただけませんか」
3年後再検討が…
 ドイツで心臓移植を受ける方法を探っていた矢先に、長男の丈一郎君(当時9)を亡くした福岡県久留米市の石川祥行さん(35)と優子さん(36)が今年三月、国会議員にあてた手紙の内容だ。石川さん夫婦は手紙を胸に、東京・永田町の議員会館の一室で、与野党の約十人の議員と向かい合った。
 拡張型心筋症を患う丈一郎君が亡くなったのは、この日の面会の約一カ月前。弱り切った心臓に負担をかけないよう絶対安静を貫き、一日五百ccの水分で耐え、渡航について医師と相談しながら、募金活動を始めようとしていた。ところが、丈一郎君の容体が急変し、募金も断念せざるをえない事態になった。
 一九九七年に施行された臓器移植法は、十五歳未満は臓器の提供者にはなれない。このため、小児や幼児が移植を受けようとしても、臓器のサイズが合わない。肝臓や腎臓とは異なり、脳死下でしか提供できない心臓の移植手術は事実上、不可能で、これまでに国内で心臓移植を受けた五十三人の患者のうち、十五歳未満は二人だけだ。
 同法の付則には「施行後三年をめどに再検討する」ことが規定されている。面会に同席したNPO法人(特定非営利活動法人)日本移植者協議会の大久保通方理事長が「当時も(あまりに要件が厳格で)これでは移植禁止法ではないかと訴えた。議員からは『三年辛抱しろ』と言われたのに事態は動かない。(国内で移植ができずに亡くなった)こういう人をもう出さないでほしい」と呼びかけると会場は静まりかえった。
 石川さんら三家族は、国会議員との面会後に、厚生労働省で会見した。優子さんは「ドイツに連れて行けなくてごめんね」と丈一郎君に謝ったといい、「(家族も患者も)乗り越えるものが多すぎる。国は少子化問題を言いながら一方で子どもは助からない。矛盾しているのではないか」と切々と訴えた。
 長男の康輝君(11)が心臓移植のためドイツに渡航した翌日に容体が急変し、亡くなったという大阪府の森本隆さん(45)は「外国人である我々日本人にはわずかなチャンスしかない。容体がぎりぎりの状態になって、ようやく準備に入れる。海外に頼ることなく、日本でできるようになってほしい」と話した。
今度こそは審議を
 臓器移植法の改正案は一度廃案になった後、二〇〇六年三月に国会に提出された。自民党の中山太郎党臓器移植調査会顧問らの「A案」は、家族の同意があれば年齢に関係なく脳死判定も臓器移植も可能にするというもの。公明党の斉藤鉄夫政調会長の「B案」は、臓器提供できる年齢を十五歳以上から十二歳以上に引き下げるもの。その後、脳死の定義を厳格化する「C案」も提出された。
 衆院の厚生労働委員会に〇七年六月、臓器移植小委員会が設置され、十二月に一度開かれた。厚労省関係者は「厚労委は年金問題や医師不足など課題山積で、臓器移植まで手が回らなかった。九七年の法施行前に国を挙げて大論争になったことも、及び腰の原因」と指摘する。
 事態を打開しようと、臓器移植に関連する各学会は、患者・家族団体と一体化して議員への陳情を活発化。家族と議員の懇談も実現し、国会での審議に向けた動きがわずかだが出始めた。
 中山氏は「自分がまとめ役になって参院と調整中」と明言。四月十一日には、中山氏と斉藤氏が法案について、一本化が可能かどうか調整を図った。公明党の坂口力元厚労相も、今国会での法案提出の動きがあることを示唆している。
 A案、B案は与党提出の法案で、社民党の阿部知子衆院議員らが提出したC案は、移植を制限する内容。このため、民主党など野党は、改正法の審議に乗りにくかったのが実情だ。しかし、ここに来て民主党の中からも「政治家の良心で最終的な判断を」(長島昭久衆院議員)との声が上がり、署名活動が始まった。舛添要一厚労相は「国民の命にかかる問題はどういう国会状況であれ、審議を早めてほしい」との認識だ。
 一連の動きについて、大久保理事長は「A、B、Cと幅広い案が出ており、すべてに反対する議員はいないはず。今度こそ国会で審議してほしい」と期待を寄せている。
(桜井陽、羽田野主)
【図・写真】丈一郎君の遺影を抱く石川さん夫妻(3月、東京・霞が関)