20080425 日本経済新聞 夕刊

 新年度から新しい高齢者医療制度が始まり、医療費の負担問題に改めて関心が集まっている。日本はほかの先進国に比べて少ない費用で効果の高い医療をしていると、国際的な評判はよい。だがひと皮むけば無駄がまだ潜んでいるのも事実だ。一因はIT(情報技術)を生かし切れていないことだろう。
■  ■
 新制度の始動を機に、医療費を日本全体でどう工面するかという問題が連日のように報じられている。二十七日に投開票される衆院山口2区の補欠選挙も、争点のひとつは高齢者医療制度だ。年金から保険料を天引きするとは何ごとか、という感情論が与党候補への逆風になっている。
 この制度の特徴は原則として七十五歳以上のすべての人に保険料負担を求めた点だ。さらに病院や診療所で診てもらったときは、使った医療費の一割を窓口負担として払う。現役世代に準じる所得がある人は三割負担。少子化と高齢化が加速するなかで「高齢者にも相応の負担を」という時代の流れを映している。
 国民が痛みを伴う負担を得心して受け入れるには、条件整備が必要だ。日本の医療を見渡してみて、その条件は整ったといえるだろうか。
 国民や患者に大きな痛みを感じさせることなく、質の高い医療を効率的に提供するための切り札がITだ。たとえば病院や診療所が健康保険の運営者あてに発行する診療報酬明細(レセプト)の電子化。過大請求などが即座に見抜けるようになる。標準的な治療法の確立にも役立つ。
 一年間に発行されるレセプトは十八億枚に達する。その審査と診療報酬の支払いを請け負っている組織のひとつが、社会保険診療報酬支払基金という民間法人だ。民間といっても理事長をはじめ常勤役員の大半は厚生労働省や社会保険庁からの天下りで、「厚労省一家」の組織といっていい。
 支払基金がレセプト一枚の審査・支払いにかける手数料は、医科や歯科のレセプトが百十四円強、調剤レセプトは五十七円強。手数料は各健康保険が負担し、その元手は私たちが毎月払っている健康保険料、つまり公的医療費で賄っている。
 審査・支払業務は二〇一一年度までに完全電子化することが政府の公約。三年かけるのは、いかにもお役所仕事という印象を受ける。さらに首をかしげざるを得ないのは、完全電子化されても手数料がさほど下がらないことだ。医科・歯科は百六円、調剤は四十九円。いずれも八円強の引き下げしか見込んでいない。
 支払基金は「審査の質の充実にある程度のコストがかかる」などと説明しているが、これでは何のために巨費を投じて電子化するのか、という疑問がわく。
■  ■
 政府の規制改革会議で医療改革の責任者を務める松井道夫・松井証券社長は「金融・証券取引の電子化は顧客の手数料下げに大きく貢献した。その先例を見習ってほしい」と注文をつけている。
(編集委員 大林尚)
【図・写真】レセプト審査を請け負う社会保険診療報酬支払基金(東京都港区)

------------------------------------------------