20080424 日本経済新聞 夕刊

 DINKS(ダブル・インカム・ノー・キッズ)は子どもがいない共働き夫婦のこと。子の教育費の負担がないため、比較的豊かな生活をおくれるイメージが強いが、最近はそうも言っていられないらしい。年金や介護、雇用も不安。二人で生き抜くため、早めの備えをするカップルが目立ちだした。
 「このままで六十歳以降も暮らせるかな」。東京の調査会社に勤める山岡正美さん(仮名、41)は五年ほど前、ファイナンシャルプランナーの勉強を始めた夫に問われ、窮したという。
 仕事を優先し、子をもたない生き方を選んだ。収入はそれぞれ十分あり、互いの給料を気にせず使っていた。住宅ローンも別々で貯金もわからない。「気づけば何もそなえはなかった」
 夫の提案で早速ローンの残高を把握。毎月二万円ずつ共通口座に貯金を始めた。光熱費などは財布に入れておく。それぞれがクレジットカードで払う食費も明細を見せ合うように。
 目標は今の生活レベルを落とさないこと。二人で外食を楽しみ年二回は海外旅行をする。「今の資産に手をつけず貯金していけば、大丈夫のはず」と真剣な表情で話す。
□  ■  □
 国立社会保障・人口問題研究所の二〇〇五年の調査によると、妻が五十歳未満で子どもがいない夫婦の割合は五・六%。一九八七年の二倍以上になった。女性の仕事の舞台が広がり出産を望まない夫婦が増えたことや、晩婚化で産む機会自体が減ったことが一因。
 ただ、以前は共働きの経済的な強みばかりが強調されていた。山岡さんのように家計を一体にしていない場合も。だが、最近は年金や介護など将来への不安が強まるばかり。早めに備える夫婦が目立ち始めた。
 「子がいない私たち夫婦は介護の施設探しを頼める人もいない」。南関東に住むライターの関根純子さん(同、44)は〇五年、親を介護施設に入れる手続きをした際にはっとしたという。
 夫婦の収入はまずまず。貯蓄など老後の資産形成も手を打っている。だが、夢見ていた一戸建ては専門家のアドバイスを受け、あきらめた。代わりに東京都心まで一時間以内の人気地域のマンションを購入。「老後は早めに施設に入るしかない。ならば売却しやすいマンションがよい」
 永代供養の墓地を探し始めた。四十代だけに早過ぎるようにも思えるが「身動きができるうちに」という関根さんらの思いは強い。
 雇用の不安も影を落とす。東京の化粧品会社で働く小田孝志さん(同、45)は転職を機に、給料から貯蓄に回す金額を大幅に増やした。退職金があまり期待できなくなったことに加え、妻の仕事が非常勤のため「自分に何かあった場合の妻の生活が不安になった」という。
□  ■  □
 DINKSの生活事情に詳しい創造開発研究所(東京・新宿)の高橋誠所長は、子どものいない共働き夫婦をDINKSに変えて「共立(ともだち)夫婦」と呼ぶことを提案する。夫婦ともにビジネス感覚を持つだけに本来、家計のマネジメントも上手なはず。ただ、仕事の忙しさや経済的余裕から備えを忘れる人はいる。「共立夫婦」という言葉で、将来設計の大切さを考えてほしいというわけだ。
 実際、二人で生きると決めた時点で、必ずするべき準備はある。例えば家の名義だ。夫婦の一方が亡くなった場合、子どもがいないと親や兄弟に相続権が発生する。ファイナンシャルプランナーの鬼塚信子さんは「家をパートナーに残すと遺言書に書いておかないと、生活基盤が崩れるリスクがある」と指摘する。
 パートナーが一人になった時の準備も必要だ。成年後見制度に詳しい社会福祉士の池田恵利子さんは「子がいないため、パートナーの後見人の相談にくる人は想像以上に多い」と話す。
 「まだ子どもを産まないと決めたわけではない。でも二人の生き方の自由度を確保しておくことが大切」と話すのは、東京のメーカーに勤める川内京子さん(同、34)。〇五年に転職したのをきっかけに夫と生命保険など資産の見直しを始めた。「何が起きても、互いが安心して暮らせる基盤をつくりたい」と話す。
 DINKSは将来に向けて家族が縮小することを前提にした生き方だ。それを自覚し、備えを始めた夫婦たち。一つの生き方として社会に定着した証拠ともいえそうだ。
 では実際、子どものいない夫婦が、老後も安心して暮らすには、どの程度の資産が必要か。ファイナンシャルプランナーの山田静江さんは今の物価を前提に「六十五歳時点で三千万円の貯金があること」と話す。
 「寿命を八十八歳と考えれば、年百万円程度使える。生活費を年金でまかなえれば問題はないはず」とみる。
 ただ、問題は経済的余裕から生活費自体が膨らみやすい点だ。子の教育費などの負担はないが、食費や自己投資が多めになりがち。山田さんのもとを訪れる子がいない四十代夫婦には「意外なほど貯金がない夫婦が目立つ」という。
 一度上げた生活レベルを下げるのは難しい。「早めに出費を抑える努力を始めることが大切」と山田さんは話している。
 ご意見、情報をお寄せください。〒100-8065(住所不要)日本経済新聞生活情報部、FAX03-5255-2682、電子メールseikatsu@nex.nikkei.co.jp
【図・写真】「パートナーが一人になっても、安心して暮らせるように」。DINKS夫婦の思いは共通する

------------------------------------------------