20080420 日本経済新聞 朝刊

 「貯蓄から投資へ」という言葉をよく耳にするようになりました。なぜ個人が運用を考えなければならなくなったのか。商品ごとにまず知っておくべきことは何なのかを、五回にわたって勉強します。ある家族とファイナンシャルプランナー(FP)の会話を聞いてみましょう。
 夫 「貯蓄から投資へ」と言われると、何かあおられているようで……。
 FP このキーワードは二〇〇一年ごろから言われ始めました。日本の経済成長力の低下に危機感を覚えた国が戦略的に打ち出したのです。かつては銀行が個人からお金を集めて企業に貸し出していました。しかしこの方法では将来の成長を見込める産業や企業にうまくお金を振り向けられなくなり、証券市場を通じて直接成長分野にお金を届けようと考えたのです。
 国は個人の金融資産を貯蓄から投資に誘導するため、預貯金利息にかかる税金(二〇%)よりも株式、投資信託の売却益や配当・分配金の税金(一〇%)を低くする優遇策をとりました。ところで、一世帯あたり金融資産はどれぐらいだと思いますか?
 夫 五百万円ぐらいかな。
 FP 〇七年時点で千六百二十四万円です(貯蓄を保有する世帯の平均、図A)。
 娘 うちの三倍以上よね。
 夫 ……。
 FP 内訳をみると、半分以上が郵便貯金を含む預貯金で、株式は約八%、投信は約六%にすぎません。米国では株式が三四%、投信が一三%(〇一年時点)です。日本でも投信の保有額は三年で五倍になりましたが、なおも預貯金志向は強いのです。
 妻 国が旗を振る理由はわかったけど、個人が投資をする意味はあるのかしら?
 FP 個人もこうした流れと無縁ではいられません。低成長が続くうえに、企業が銀行からお金を借りなくなっているので銀行は以前ほど預金を集める必要がなくなり、利息を減らしています。図Bを見てください。〇六年度の預貯金利息は一九九六年度より七割強減りました。一方、企業の個人株主への配当は約三倍になりました。「個人は貯蓄だけでは経済成長の果実を得られない」(第一生命経済研究所主席エコノミストの熊野英生さん)といえます。
 妻 うちはなけなしの資産をすべて貯蓄しています。
 夫 なけなしって……。
 FP ある時期まではそれでも良かったといえます。早稲田大学大学院教授の野口悠紀雄さんは「デフレが続いていた間は、金利が低くても定期預金に預けるのが正解だった」と指摘します。ただここへきて物価は上昇基調にあります。低金利の預貯金に預けていると実質的に損をしてしまう可能性もあります。
 娘 なけなしの資産が目減りしたら大変よ、パパ。
 夫 何度も言わないで。
 FP さわかみ投信社長の沢上篤人さんは「バブル期までは一生懸命働けば給料が増えたので、運用のことなど考える必要はなかったが、これからはお金にも働いてもらう必要がある」といいます。
 夫 父は家族のために身を粉にして働いているぞ。
 FP すでに現役を退いた世代と現役世代の収入と支出のイメージを図Cにまとめました。一般的に四十―五十歳代は通常の生活費に加え、住宅ローンや教育費など出費がかさみます。リタイア世代は賃金が右肩上がりで、定年まで支出が収入を上回ることはまれでした。定年後もすぐに、生活費をある程度まかなえる年金を受け取れました。
 現役世代は違います。年功序列賃金の見直しや成果主義賃金への移行で、支出のピーク時には収入だけでまかなえない可能性があります。定年後も六十五歳になるまで年金空白期間が発生する上、年金受取額も将来実質目減りしかねません。物価の上昇ほどは年金受取額が増えない仕組みがすでに導入されているからです。さらに高齢者の医療費負担は増えていく方向です。
 夫 もうやめてー。
 FP 少子高齢化や経済成長力の低下が背景にあるだけに、現役世代の受難は続くでしょう。FPの紀平正幸さんは「企業が現役時代の生活を、国が定年後の生活をそれぞれ保証してくれる依存型社会から、個人が自己責任で資産設計を行う自立型社会に転換した」と指摘します。

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