20080416 日本経済新聞 朝刊

 日本の政府はどうも「見えてない」気がする。
投資家逃がす
 三月初め。銀行の担当者が一本の電話に慌てふためいた。「いったい誰のための法律や。お客には迷惑千万やないか」
 声の主は元財務相の塩川正十郎(86)。送金のため代理人が銀行に出向いたところ、自身の来店を求められた。二〇〇七年の金融商品取引法で高齢者には本人確認が必要になったと担当者。金融に詳しいと自負する塩川は納得できない。「そんなしゃくし定規な制度では投資家も逃げる。顧客保護? 行政が責任を逃れるアリバイと違うか」
 高齢者を狙った犯罪が増えるなか、法改正の趣旨への異論はない。だが塩川のような不満をもつ投資家も多い。影響は金融商品全般に広がり、法施行から半年の投資信託の販売額はその前の半年より三割減。「株安もあるが金商法の影響が大きい」(国際投信投資顧問)。政府が掲げる「貯蓄から投資」も遠のく。
 詐欺、偽装、破産。社会問題への対応を迫られ、省庁は制度を見直す。ただ多くの付け焼き刃が利便性を傷め、経済活動の邪魔にもなる。耐震偽装を受けた建築基準法改正が景気に冷や水を浴びせたのは記憶に新しい。日本の活力を損ないかねない規制には、細心の配慮が必要だ。
 ここ数年、大学閉鎖を引き起こすなど若者の感染が拡大したはしか。副作用を巡る国の敗訴を受け厚生労働省が予防接種を努力義務に格下げした結果だ。国内ばかりか南米などでも突然の流行。日本での感染者が持ち込んだウイルスが原因とわかり「はしか輸出国」に世界の非難が集まる。
 「政策には影響を念入りに検証する作業が不可欠。官僚が十把ひとからげに規制を強めたりなくしたりする安直さが目立つ」。経済産業省出身で専修大客員教授の石川和男は指摘する。
 官僚にも言い分はある。「社保庁の次は金融庁をたたく!」。高金利貸し付けが社会問題となった〇六年、金融庁がまず気にしたのはワイドショーだ。「番組でのコメントが政治家の発言にも影響していたから」(金融庁元職員)
 感情論に流れた政治の風圧を受け、貸金業法規制は合理性を素通りし、想定よりずっと厳しくなった。結果、「健全業者の経営も揺らぎ、借り手の中小企業が大量倒産」(帝国データバンク)。貸金業から外資も撤退し「先の読めない制度を嫌う外国人の日本売りに一役買った」(UBS証券の大槻奈那)。金商法、建築基準法、貸金業法の「3K法」。拙速な制度設計の副作用は無視できない。
 一方、ほこりをかぶっている規制もある。家電事故などの処分を定めた製品安全法は三年前のファンヒーター事故まで三十年も「抜かずの宝刀」。省エネ法はエネルギー消費の多い工場などに年一%の改善義務を課し、違反には改善命令、社名公表もできる。至上命題の温暖化対策だが、ここ十年そうした措置はない。
安易な人気取り
 教訓は何か。官僚批判に流れ「白か黒か」の解を拙速に求める風潮に見直しは要る。ただ、効果と弊害を見極めない人気取り政策は、説明と説得を欠いた怠慢行政だ。無意味な規制を残し、無意味な規制を新たに始める。規制もタテ割り、規制緩和もタテ割り。整合性なき行政で「政策不況」を繰り返すのか。
 「小さく賢明な政府を」と言われて久しい。年金で不祥事を乱発し、なお高齢者医療で不手際を起こす社会保障行政は、自己修正機能を失った行政システムの象徴だ。これでは不信が先立ち、やるべき事もできない。政治と行政は司令塔不在と思わざるをえない。
 行政スリム化を目指した〇一年の省庁再編から七年。政府は新たに「消費者庁」をつくるという。まさか縄張りを解かずに「つくった」だけで済むわけはない。アリバイ行政ばかりなら、ニッポンの重荷がまた増える。=敬称略
(漂流ニッポン取材班)
=関連記事を経済教室面に
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【図・写真】付け焼き刃規制が活力をそぐ(3K法の資料)


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