20080331 日本経済新聞 夕刊




 日本の中小企業は約四百三十万社で、雇用の七割超を占めるなど日本経済を支えています。ただ、最近は経営者の高齢化が進み、世代交代の時期を迎えています。親族に後継者がいても、優良企業であれば株式の価値が高く評価され、相続税が重くのしかかることもあります。最悪の場合、廃業も考えられます。これでは長年培ってきた技術や雇用を無駄にすることになりかねません。



 モニター隊員の皆さんに聞いたところ「相続税が理由で廃業に追い込まれるのはおかしい」などの声が目立ちました。政府も相続税の負担が中小企業の事業承継を妨げる一因と判断し、一定の条件を満たした場合に後継者が引き継ぐ非上場株の相続税を軽減する税制改正案の骨格を二〇〇八年一月に閣議決定しました。



 現在は、後継者は相続した非上場株のうち通常の議決権がある株式の評価額の一割にかかる納税を免除されています。改正後は、発行済み議決権株式総数の三分の二を上限に、評価額の八割にかかる納税が猶予されます。後継者本人と親族で議決権の五割超の株式を保有し、後継者本人が筆頭株主となる中小企業の代表者であることが条件です。



 具体例(図A)でみましょう。発行済み株式の総額が十億円で、後継者が六〇%にあたる六億円を相続したとします。現在は相続した株式の一〇%分の六千万円を評価減したうえで、残りの五億四千万円に対して相続税が課されていました。税制改正後は株式の評価額の二〇%にあたる一億二千万円に対して相続税が課税されますが、残りの四億八千万円に対する納税は猶予されます。



 「納税の猶予」とはどういうことでしょうか。税制改正の恩恵を受けるには、相続後も五年間代表者として事業を継続し、雇用の八割以上を維持しなければなりません。五年後は雇用を維持したり、代表者で居続けたりする義務はなくなりますが、相続した株式については、売却した時点で納税義務が生じます。



 図Bをみてください。先ほど例に挙げた六〇%の株式を相続した後継者が、五年たった後に引退を決め、持ち株の三分の二を売却し、保有比率を二〇%に引き下げたとします。株式の評価額は五年前と同じと仮定すると、納税が猶予されていた四億八千万円の三分の二にあたる三億二千万円に対し、相続税が課せられることになります。相続税の支払いが免除されるのは、後継者が死亡するときまで株式を持ち続けた場合などに限られます。
 税制改正は二〇〇九年度からの予定ですが、改正が実現すれば〇八年十月にさかのぼって適用される見通しです。モニター隊員の皆さんに今回の改正について聞いたところ「賛成」が六割を超えました。



 ただし、納税猶予の措置については「第三者への事業譲渡という経営上の選択肢が将来にわたって奪われかねない」(事業承継に詳しい公認会計士・税理士の茂腹敏明氏)と懸念する声もあります。中小企業の発展につながりそうな買収者が現れても、後継者が繰り延べていた相続税が障害となって機動的なM&A(合併・買収)を阻害する可能性があるからです。



 中小企業の経営者は長期的な視野に立ったうえで、企業の存続にとってどのような事業承継の手法が最良なのか、事前に周到な計画を立てて準備を進めておく必要がありそうです。



 これまで皆さんと一緒にマネーの勉強を進めてきましたが、私の解説は今回が最後です。次回からは初代案内役を務めた相場利子さんが復帰します。マネーの世界は常に変化していますので、今後もしっかり勉強を続けてくださいね。



 事業の継承や会社の跡継ぎにまつわるエピソード・意見は?



▽将来、会社の株を相続するために必死で運用している。投資で利益が出ても、相続のためであれば売却益に税金をかけないでほしい。
(広島、ふるっちさん、45歳)



▽ただでさえ中小零細企業の事業承継は難しい。税の負担があると「継ぎたくても継げない」という不幸な状況を引き起こしている。
(京都、たまさん、32歳)



▽事業を承継しても結局は引き継いだ本人次第の感もあると思う。
(東京、smartさん、45歳)



▽ファンドを活用したり、M&A(合併・買収)をすればよい。
(兵庫、atomさん、39歳)





〔注〕ネット調査会社マイボイスコム(東京・千代田)を通じて編成した取材協力隊員の声から
 父親が中小企業を経営しています。高齢で病気がちになり「万一の時は会社を頼む」と言われました。事業を継ぐ覚悟はありますが、株式の相続税を払えるか心配です。


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