20080313 日本経済新聞 朝刊
家族の世話促す ヘルパー不足の緩和も
発足からまもなく九年目を迎える介護保険制度に、現金給付を導入すべきである。第三者に介護を頼んだときのみ給付が受けられるという現物給付だけでは、家族介護が可能なのに第三者介護に頼ろうとしがちになり、ホームヘルパーや老人ホームの供給不足を招く。
かかった費用の1割が自己負担
日本の高齢化率(六十五歳以上人口比率)は、二〇〇七年で二一・五%にまで急上昇し、その水準でみても上昇スピードでみても世界一である。また、厚生省(当時)が実施した人口動態社会経済面調査(一九九五年)によれば、高齢者の八割が亡くなるまでに寝たきりの状態になり、六十五歳以上で亡くなった人の平均寝たきり期間は八・五カ月である。しかも、寝たきり状態までいかなくても、要介護状態になった人まで含むと、事態はさらに深刻であり、最近、老々介護による心労や心中が話題になっている。従って、高齢化がこれだけ進むと、高齢者の介護は重大な問題になる。
この問題に備えるべく、二〇〇〇年に介護保険制度が発足した。この制度では、「要介護」と認定された人は要介護度(一―五)に応じて介護給付を受ける。要介護者は、それを用いて施設または在宅で介護サービスを受けることができ、「要支援」と認定された人は「予防給付」を受け、それを用いて日常生活上の支援が受けられる。また、掛かった費用の一割は自己負担となり、残りの九割は保険料または税金で賄われる。
この制度を利用すれば、専門家のホームヘルパー、理学療法士、看護師などが介護・世話をしてくれ、しかもその際の本人負担は一割とごくわずかで、要介護・要支援になった時のことを心配しなくてすむ。
ところが、こうした介護保険制度が存在すると、経済学者がいうモラルハザードの問題が発生する。つまり、介護・世話ができる家族(配偶者、子など)がいたとしても、その人に頼らず、介護保険制度を利用して第三者に介護・世話を頼むインセンティブ(誘因)が生まれ、専門家のホームヘルパーなどに対する需要が必要以上に膨らむ。なぜなら、現行の介護保険制度では、第三者に介護を頼んだ場合にだけ便益を享受することができ、家族が介護・世話をした場合は全く便益を享受することができないからである。
換言すれば、介護保険制度が存在することで、第三者に介護を頼んだ場合の(本人が負担する)「価格」が大幅に引き下げられることで、第三者に介護を頼む人が増えすぎてしまい、本来市場機能で最適になるはずの家族介護と第三者介護の資源配分がゆがんでしまうわけである。
介護する家族の収入を補う面も
ただし、この問題をなくす有効な解決策がある。それは、家族が介護をした場合に現金給付をするという方法である。家族が介護をした場合に現金給付をすれば、家族が介護をした場合の(本人が負担する)「価格」も引き下げられる。
二つの価格が同じくらい引き下げられるような水準に現金給付を設定すれば、家族介護と第三者介護の相対価格はもとのままで、家族が介護をするか第三者が介護をするかという意思決定におけるゆがみが完全に解消される。しかも、現金給付の導入で、家族が介護をする場合の経済的負担も軽減できる。介護をする家族が仕事を辞めたり、勤務時間を削減したりすることで減る収入を補うからである。
従って、介護保険制度での現金給付導入は、ホームヘルパー、老人ホームなどに対する需要の必要以上の膨らみを避け、これらの供給不足を軽減することができ、同時に家族が介護をする場合の経済的負担を軽減することができるという、一石三鳥になる。
日本に先立ち、一九九五年に介護保険制度を導入したドイツでは最初から現金給付は認められており、現物給付と現金給付を組み合わせることも可能であるのに、なぜ日本の現行の制度では、現金給付は原則として認められていないのであろうか。それは、この制度が家族に掛かる介護の負担を軽減し、介護の「社会化」を進めることを目的に導入されたからである。発足当初、現金給付を導入する案もあったが、この理由で見送られた。
だが、家族が第三者に頼らず、自ら介護をすることを望んでいたり、または何らかの理由で家族が自ら介護をせざるを得なかったりする場合、現金を一切給付しないのは極めて不合理である。現金給付は家族介護を優遇するのではなく、第三者による介護を優遇している現行制度をより公平なものにするだけである。
現金給付が望ましいのは、以下の実証分析でも明らかである。財団法人家計経済研究所が〇六年に実施した「世帯内分配・世代間移転に関する研究」調査(以下、「世帯内・世代間調査」)の結果を見てみよう。
この調査は、三十歳から五十九歳までの既婚女性を対象に、〇六年十月―十二月に実施された。(1)回答者または回答者の配偶者が、親または配偶者の親の世話(家事、介護、訪問)を現在しているか、将来する予定であるか(2)回答者または回答者の配偶者が、親または配偶者の親と現在同居しているか、将来同居する予定であるかを尋ねている。
現物給付と 両立目指せ
表の一行目から分かるとおり、回答者のかなりの割合が親の世話を現在しているか、または将来する予定である。妻(夫)の親と現在同居しているか、将来同居する予定である回答者も一三%(三○%)いる。しかし、この結果からだけでは、子がどういった理由で親の世話をしているのかがわからない。
そこで表の二行目と三行目を見比べると、「遺産をもらえない」と思っている回答者より、「遺産をもらえる」と思っている回答者のほうが、妻・夫の親の世話をする確率も、妻・夫の親と同居する確率もはるかに高いことがわかる。例えば、夫の親から「遺産をもらえる」と思っている回答者の九○%強が夫の親の世話を現在しているか、または将来する予定である。これに対し、「遺産をもらえない」と思っている回答者の場合はこの割合は七○%強にすぎない。
同様に、夫の親から「遺産をもらえる」と思っている回答者の四六%が現在夫の親と同居しているか、将来同居する予定である一方、「遺産をもらえない」と思っている回答者の場合はこの割合は一九%強にすぎず、世話の場合も同居の場合も二○ポイント以上の差がある。
これらの結果は、子が“利己的”であり、親からの遺産を目当てに親の世話をしたり、親と同居したりしているということを示唆する。綿密な計量経済学的な分析を行っても、この結論は支持された。
利己的な子は、親が財産を持っていなかったり、財産を持っているもののそれを子に残すつもりがなかったりした場合、親の世話をしたり、親と同居しない可能性が高いと考えられる。ところが、現金給付という制度があれば、子が利己的であり、親が財産を持っていなかったり、財産を持っていてもそれを子に残すつもりがながったとしても、子が親の世話をしたり、親と同居する可能性が出てくる。
つまり、現金給付を導入することで、親の世話をする子が増え、ホームヘルパー、老人ホームなどの供給不足を軽減することができる。「世帯内・世代間調査」の結果は現金給付の必要性を裏付けるといえるのである。
しかし、親の遺産または現金給付をもらえたとしても、親の世話をしない(できない)子がおり、子のいない人もいるであろうことは否定すべくもない。したがって、第三者による世話に対して支給される現物給付も必要であり、ドイツと同様、現物給付と現金給付の両立が最適であろう。
発足から八年たった今、介護保険制度を見直す時期に来ている。現物給付を維持しつつ、現金給付の導入を早急に検討すべきである。
Charles Yuuji Horioka 56年生まれ。ハーバード大経営経済学博士。専門はマクロ経済学
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