20080305 日本経済新聞 夕刊



 介護の担い手不足が深刻だ。
多数の入居待ち高齢者を抱える特別養護老人ホームでは、
その余波が高齢者とその家族に及んでいる。
都市部では、職員不足から施設の一部を閉鎖せざるを得ず、
通常運営に移行できない新設施設も出ている。



 「夜もぐっすり眠れるようになった」とほっとした様子の
岡田直子さん(仮名、75)。二月十五日に東京都足立区に
昨年新規開設した特養ホームに夫(91)がようやく入居した。
これまで一日三度胃にチューブで栄養を補給したり、
二時間おきにおむつを交換したりしてきた。最近は夫の認知症が進み、
昼夜逆転の症状がみられるようになり岡田さんの生活時間も
めちゃくちゃになった。



8カ月遅れて  「自分一人ではもう無理、もたない」。
夫の入居を申し込んだのは昨年四月。六月開設だったのに入居は
ずるずると延び、開設から八カ月たってようやく入れた。
理由は職員が集まらなかったためだ。



 開設にあたり、百人の入居者定員に対し六十人の職員を募集。
しかし当初採用できたのは四十六人。六月にどうにか

開設にこぎつけたが、十一月まで定員の約八割しか

受け入れられなかった。



 昨年新規に開設した施設の五七%が職員を確保できず、
利用者の受け入れ制限をした――。
こんな結果が昨年十二月―今年一月の日本経済新聞社の取材で
浮き彫りになった。介護の人材不足が深刻な東京都と埼玉県、千葉県、
神奈川県、大阪府で昨年新規に開設した五十三施設

(受け入れ規模三十床以上)を電話で聞き取り調査。

四十七施設から回答を得た。



 「正職員で集めきれなかった分をパートで補おうとしたが応募がない。
開設から十カ月たった今も定員の約七割しか受け入れられない」
(東京都江東区の施設)、

「例年三十―四十人の学生から応募があるが、昨年は十人にも届かず、

通常運営までに七カ月かかった」

(千葉市の施設)など現場の悩みは深い。



 二月九日にハローワーク池袋が主催した

「ふくしワーク就職フェアTOKYO2008」。
八十九施設参加の大規模なものになったが、開始から二時間たっても、
一人も説明を聞きにこないブースが相次いだ。



 こういった介護職の人材不足は有効求人倍率にも如実に表れ、
さらに首都圏の厳しい現状を浮き彫りにしている。
介護職は敬遠



 東京四・八二、神奈川三・一九、大阪二・八二、熊本一・四二、
鳥取〇・八六――。二〇〇八年一月の介護分野の県別有効求人倍率
(パートタイムを含む常用雇用)だ。一倍を切るのは鳥取と沖縄のみ。
そもそも介護分野の全国平均は二・五〇で、全産業平均の

一・〇〇に対して、軒並み厳しい状況だ。



 介護職が敬遠される理由のひとつは待遇の低さ。

景気回復で求人状況は回復しているので、

他業種に人手を取られてしまう。
横浜市社会福祉協議会高齢福祉部会の竹田一雄部会長は
「人材不足が深刻な都市部から介護が崩壊すれば全国にひろがる。
介護職が選ばれるため他の職種と賃金で対等でなければいけない」

と指摘する。



 都市部の介護職の給与が他業種と比べて相対的に低いのは

介護保険制度の構造的な問題でもある。通常、賃金は

生活費水準などで地域ごとに差が出る。例えば最低賃金法に

基づく最低賃金をみると、東京都の時給七百三十九円に対し、
最も安い秋田県などは同六百十八円と約二割の差がある。一方、
特別養護老人ホームの介護スタッフの人件費の基となる

介護報酬は原則全国一律。一番高い上乗せが認められている

東京二十三区の施設でも四・八%増しにとどまり地域格差が

是正されにくい。



 これらを受け、東京都や埼玉県、横浜市、川崎市、千葉市の

各社会福祉協議会は「首都圏高齢者福祉協議会」を発足させた。
国に対し介護報酬の地域差見直しについて主張していく。



 高齢者人口の増加で特養ホームはただでさえ利用希望者に対し
ベッドの絶対数が足りない。各施設とも二百人ほどの入居待ちはざらで、
なかには四百―五百人待ちという施設もある。入居を待つ高齢者を
受け入れるためには設備の整備と人材確保の両輪を

そろえることが大切だ。



 特別養護老人ホームなどの介護施設からは、低賃金を背景とした
人材不足解消のために、介護保険から施設に支払われる介護報酬の
引き上げを求める声が上がっている。厚生労働省は二〇〇九年度の

介護報酬改定や保険料の見直しに向け、審議会などで議論を

進めていく予定だ。



 ただ介護報酬は国民の介護保険料や税金が原資。

国民の社会保険料負担は現状でも重く、安易な報酬引き上げは

国民や保険者である各自治体の理解が得られない可能性もある。



 特定非営利活動法人(NPO法人)特養ホームを良くする市民の会の
本間郁子理事長は「施設介護で一番大切なのは利用者の生活の

質が担保されること」と主張する。現場では施設により介護の質に

差があるのも事実、とした上で「介護報酬について、一律ではなく、

いいケアをした施設や介護者に、より手厚い報酬が配分されるような

介護保険の仕組み作りが望まれる」と指摘する。


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