人間関係…この二つがあるという。
すごく納得。
なぜ苦しい関係だったのかがわかった。
私が旦那と結婚…
付き合った理由…
というか、別れられない理由…でもいいかな
とにかく、なぜ一緒にいてしまったかというと
まさに【ネガティブ】を埋めるため。
そう、私たちはネガティブ発信で繋がった二人だったのだ。
なるほど。
ネガティブ発信で繋がった関係は=苦しい
ポジティブ発信で繋がった関係は=楽しい
だそうだ。
この方程式を知っていれば早い段階で関係を絶つことができたのだろう。
そういえば、付き合っていた頃一度、別れた。
『二人一緒にいてもお互い苦しいだけだから…
悩みが増えるだけだから別れよう』と私から切り出したっけな。。
でも、私の悪いところが出てきてしまって…
風の噂で旦那(当時は彼氏)が別れたショックで寝込んでいる、と聞き…『やっぱり可哀想だ』とさらに胸が苦しくなり、ヨリを…戻してしまった。
この【可哀想】と思う気持ちを断ち切らなければ進歩はできなかったんだと、今なら分かる。
その時は苦しさをただ解消したいだけでまた繋がってしまった。
この関係がネガティブ発信なんだそうだ。
私は決して、この人といると、楽しいとか、強くなれるとか、向上する、といったプラスの効果が生まれるから一緒にいたわけではない。
まさしく、ポジティブ発信ではなかった。
旦那も、私に対してそう。
【寂しさ】を埋めるためのネガティブ発信。
過去のトラウマを解消するために、私を束縛し依存した。
そして私が思うようにならないと怒り狂った。
過去のトラウマ…
それは母親に対して。
自分は中1から一人暮らしだという。
父親が癌で入院し、そして、母親には不倫相手ができたから。
そうこうしてるうちにリスペクトしている父親が亡くなった。
本人が中3の時。
そのあと非行に走ったのはいうまでもなく、ついにハタチの頃には鬱状態になり寝込んだそう。
極度の女性不信と大好きな父親の死がずっと受け入れられずトラウマを抱えたまま、わたしと出会った。
私もバカだった。
そんな男に母性本能丸出しで。
身の回りのお世話を献身的に行い、共依存が始まっていたとは…
身の回りのお世話をしてあげると、最初は安心し、喜んだ。
しだいにやってもらえるのが当たり前になり、命令までするようになった。
終いには強制的になり暴言、さらに暴力とエスカレート。
私は、仮面を被り、耐え、辛い気持ちを押し込んでいた。
でも!今は違う。
20年と時間はかかったけど、ここ何ヶ月か前から家庭内別居ではあるが、距離を置くことができている。
離婚、まで行けていないのはまだ私の優柔不断やめんどくさがり、なぁなぁな性格が邪魔しているのだと思う。あ、あと外面がいいのも。
自分の人生…
どうしていきたいかは自分次第。
旦那にがんじがらめになってた時代もあったけど、だんだんに解き放たれてきた。
子供のころは自由奔放!が似合う女の子だったと思う。
よく笑って前向きなことが大好きで。
毎日、楽しかった。
【優しいことはいいことだ】
と、間違った美学に固執し過ぎてしまったのが、落とし穴だったとは。
ま、これも自分にとっては成長なのかな。
友達に『お人好し過ぎるよ』と忠告してもらったことを思い出す。