日本人は昔から、「話をする」、「喋る」ということに偏見を持っていたのかもしれません。
その理由として、
「人前でペラペラ喋る奴は信用できない」
「口が軽い、軽率な人間」
「試実さのない人間」
「何かたくらんでいる人間」
というような、なぜか悪い受け取られ方をしてきました。
一方、アメリカには多くの人種が集まっていて、数多くの国の人間が集まって成り立っている多民族国家です。
考え方も生活習慣も行動パターンも一人ひとり違います。
そのような国で生きていくためには、自分の考えをハッキリと持ち、それを的確に相手に伝えていく表現力を持っていなければ、幸せな人生を築くことができないのです。
だからアメリカ人は、あいまいな表現を避け、自分の気持ちや考えをハッキリと表現します。
その反対に、日本は島国で、昔からほぼ単一民族によって形成されてきたので、言葉、生活習慣、伝統、考え方など、国民の中で似ている部分がたくさんあります。
日本には、「暗黙の了解」だとか「以心伝心」などという言葉があるように、日本人は自分の思っていること、考えていることは、「あえて口に出して話さなくても相手は理解してくれている」、または、「ハッキリものを言うとカドが立つ」、というように錯覚してしまいます。
しかも、自分の考えは心の底にしまっておき、軽々しく口に出さないことが美徳とされてきました。
このような社会常識が定着していたために、「ベラベラ話す奴は、軽率な人間」という烙印(らくいん)を押され、話をするということに強い偏見を持っていたのです。
こうして必要最小限のことしか話さなかったのだから、私たち日本人が、いざ話をする段階になっても、人前で上手に話せないのは当然のことなのかもしれませんね。
