話は1998年頃のことである。
私は新宮市でのカタカムナ音読講演を終えて、やっとこさ熊野山中玉置山の僧坊に辿り着いた。
他に誰もいない広々とした僧坊に、親子四人連れの家族がいた。子どもは女の子二人。小学低学年に見えた。
父親と思われる男が近づいてきた。小柄だが健康そうで敏捷。髪は黒く濃く、口髭を生やしている。そしてその黒曜石のような眼は深いところでキラキラ輝き光を発していた。
彼らは、新宮のカタカムナ音読会に出られなかったので、私を追いかけてここに先に着いて待っていたと言う。
眼の光る男は「ムチャチョ」と名乗り、カタカムナの音読を聴きたくてここに来たとのことであった。
話すとムチャチョは彫刻家で、奥さんは画家とのことだった。
あくる朝、聖地玉石の前で空に向かって斉唱したカタカムナは、森林にこだまして多くの鳥や環境音と唱和して一体となった。
不思議な気分だった。
でも自然だった。
やはりここの波動は違う。
ムチャチョが話しかける。
「今日はこれからどうするんですか?」
「決まってない。もう仕事は終ったし、ゆっくりするつもり」
「では、うちへ寄るのはいかがですか?」
「えっ、それはどこですか?」
「この近くです」