脚本は演劇部女子と新聞係女子が組んで作ったと思う。
作って見ると、台詞よりナレーションが多く必要なことになり、それはカッパがやることになった。
ああこのときすでにカタカムナ音読を知っていればさぞかし良い仕事ができただろうが、当時はまだ棒読みの域を出なかった。
さて当日、ヨコヤマ君のかぐや姫は全くウケなかった。そりゃそうだ。他のクラスの人はヨコヤマ君がそれをしているということが可笑しいとは思えないからである。それよりも、現代語ではないことから、妙に思われただけだった。単なる変態扱い。それにみんなこどもの絵本で読んだ「かぐやひめ」なんてダサいと思っていた。
優勝は3組の『リア王』でこれは文句なしに面白かった。
しかし、講評で教頭のナカジマ先生が褒めたのは、何と『かぐや姫』を古文で演じたことだった。この教頭は直接習ったことはなかったが強面の国語教師の印象だったから驚いた。真面目だからふざけてやっていることに気がつけなかったのかもしれない。「とくに最後のナレーションも良かった」と言われてひっくり返りそうになった。
ともあれ、この結果、演劇部が区の大会に出場する時、どういうわけか顧問の先生の命令でカッパも引き抜かれた。そこには後に高校の同級生になり、あのユーラシア大陸横断旅行にともに旅立つことになる、同じクラスで超優等生のスナダ君もいた。二人ともやりたくなかったが、先生の圧力が強く、やることになった。もちろん計画中に遊びの「下心」もあった。
スナダ君は百済から渡って来た真面目な工人役、これをどやしつけて苦しめる悪郡司の役がカッパ。見ている方はわからないが、やっている方はかなりオモロい。演劇というものの面白さを垣間見た。
しかし、本番はカッパの失態で散々なものになってしまった。
役人風の格好と言っても、烏帽子をつけて、紫色の薄い和服に見えるような物を身に纏うのであるが、最後に前に垂れた越中褌のような切れ端を織り込んで腰の紐に挟むというもので軽装である。本番前に鏡の中の烏帽子をつけた自分を見るとつくづく可笑しい。吹き出したくなってしまう。
しかし深呼吸して、部下を引き連れて恐ろしい剣幕で舞台に現れ、右手に持った大きな棒で地面をドンと叩き、皆の注目が集まったところで、「やい!クダラのカラアシはおるか!」と高らかに発する場面の、その「やい!」のところで、前に挟んでいた布がパラリと落ち、褌みたいに地面に垂れちゃって、客席目の前の他校の連中が指で差して、「アッ!」と大笑いしたから、気づいた会場全体も笑う。こちらもさすがにつられて我慢できずに吹き出してしまった。しかたがないので、初めから、
「や、やい。ク、クダラの、カ、カラアシはお、おるか」と笑いをこらえた表情で言うと、会場は大爆笑になった。
強面の悪役人が笑顔になってしまっては芝居にならない。しかたがないので棒を床に置いて、前垂れを自分でたぐって紐に挟んで、棒を持って立ち上がってまた胸を張ってのけぞると、この動作がもっとウケる。役人トップらしくないことこの上ない。他の出演者も笑ってしまい、全員が笑いをこらえながら芝居を演ずるという最悪の体を示してしまった。もともとは結構深刻な内容の劇だったから、その後悪役人が破壊行為など何をやってもわざとらしく冗談に見えてしまう。しかし、見学に来ていた学年全体がカッパの存在を知った。来ていたPTAも見た。どうしようもなくバカだとしか言いようがない「カッパ」を知った。しかしなぜか演劇担当の教師はわざわざ母のところに来て、「ご理解とご協力に感謝します」と言った。