飛翔転回して行く若者たち | JOKER.松永暢史のブログ

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オーストラリア一周ワーホリ男は語る。

「帰国して2週間になるが、まだ目が慣れない。どうして日本人は生気のない愚かな顔をしてしかも下を向いて歩くのか」。

40年前の自分も海外旅行から帰って来てそう思った。電車の中の人たちの表情は、どう考えても決してそうはなりたくないものだった。どうしてだろうかと考えた。そして、多くの人たちがしているからと言ってこの人たちと同様の人生を選択するのは正しくないのではないかと思うようになった。

「向こうは、4時台がラッシュアワー。みんな仕事を終えると一目散に家族や恋人の待つ家に帰る。じゃなければ遊びに出かける。当然人々の表情は明るい。駅で自殺なんてありえない」

この男は、かつて教えた生徒達の中で最も金銭感覚が発達している者で、それまでに節約して蓄えた金と、短大在学中に小田急ゲロ始末のアルバイトで稼いだ金を充分に持って渡航し、まず語学学校に通い、ついでトマト農園、レストランとバイトを行い、これで資金を溜めるとオーストラリア一周旅行をして、しかもグレート・バリアリーフでスキューバダイビングの資格も取ったと言う。顔つきは浅黒く精悍で、観察力と判断力に優れ、相変わらず即座にアタマの中で金銭計算をして次の行動を決定し、おまけに仕事もすぐに覚えるので、すでにどこでも何をやっても生きていける状態にある。

小学校5年の時、初めて焚火に参加してV-netで学び、「4年制大学はほとんど詐欺」というアドバイスを受けて、短期大学を首席で卒業し、自己資金でオーストラリアに渡り、異国の地でするべき体験を自ら選択実行した。しばらく日本にいて、来年また北欧にワーホリに行くと言う。

リベラルアーツにも参加し続けたこの男は、「オーストラリアは時間給が高い。だいたい20豪ドル(約1600円)くらいだが、祝日は倍額になる。これならやる気も出る。金も溜まる。ノルウェイとかも同じ。どうして日本の時間給は安いのか?」と呟く。

考えて見ればワーキングホリデーは賢い仕組みである。一応留学であるから、学費を落とす。さらに働いても国内旅行などで消費するから通貨の持ち出しになりにくい。しかも異文化コミュニケーションの場を創出できる。そして彼らは定住を目的とする「移民」ではない。期間が限定される。また同一職場で6ヶ月以上働くことは許されないことになっているそうだ。

20代前半で長期の海外滞在・旅行することは得難い体験を齎す。ヨーロッパでは高校を卒業した若者に旅を勧める風習もあると言う。彼は「このような生き方を許した親に感謝する」と口にしたが、それは筆者も同様である。

しかし、これには「先輩」がいた。富士山モンテッソーリ男は、筆者の勧めで短大を出ると、就職せずにイタリア料理店でバイト。3ヶ月で調味料の使い方と一通りのピザ・パスタ類の作り方を習得すると、富士山3000メートルの民宿で地獄のバイト3ヶ月間。これが終わるとロサンゼルスで語学留学バイト生活。これから帰ると、スキー場山頂リフト小屋でバイト。さらにその後、小笠原で登山道建設バイト5ヶ月間。これを終えると4年制3年に編入し、そこでマナスル調査隊に参加してヒマラヤ体験。飲食店など様々なところでバイトしながら大学を卒業すると、今度はモンテッソーリ教育のディプロマコースに1年間通ってこれを修得。その間についに家庭教師のバイトを始めて、現在はV-netでバイト生活。この男も、小学生の時から焚火に参加した。

しかし、そこにはさらにもう一人の『先輩』がいた。

Sは、大学を卒業すると、城山のバンブーファクトリーで竹テント、竹スピーカー制作見習い修行。木工機械技術、農作業機械操作など、ありとあらゆる実務仕事を身につけると、自然農法のNPOで大活躍。しまいにはテレビにも出演して竹の家を製作してみせた。ペットボトルキャップを再利用した竹トングも考案した。V-net焚火の時にはリーダー役を務め、子どもたちからは「何でもできるお兄さん」と親しまれて尊敬された。彼もオーストラリアでワーホリ2年。帰国すると神崎の酒蔵で住み込みバイトを5ヶ月間やって、そこで得た資金で残りの7ヶ月を自己活動に充て、インドなどへも旅行し、これを繰り返し6年間。何とその間に得度も受け、これから郷里の高知の叔父の跡を継いで僧侶になるというからすごい。これほど様々な実際体験がある人物が村の住職になるのは本当に素晴らしいことだと思う。

実は今回の焚火は彼の送別会なのであった。

茜色に染まった西空に二日月。

桜にはすでに葉が出始めている。

「道」は造るもの。

我々は焚火の炎の前で再会を誓い合って別れた。

新しいWAVEが徐々に高まって行く。