東畑開人著『居るのはつらいよ』 | JOKER.松永暢史のブログ

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東畑開人著『居るのは辛いよ—ケアとセラピーについての覚え書き』(医学書院刊)は大変面白くかつ興味深い「作品」である。

これは、前著『野の医者は笑う』に続く、京大出の臨床心理士の体験談本であるが、実はこちらの話の方が時系列的に先である。

つまり作者は、まず沖縄のデイケア施設で4年間働き、その後で沖縄の民間療法のフィールドワークを行ったことになる。

これは、一言で言えば、精神を病んで行き場のなくなった人たちの相手をする「壮絶な体験」とも言えるが、筆者の自分の内面を余すところなく吐露する赤裸々な記述がそこにユーモアを伴って大爆笑ものとなり、一気に読ませる力がある本である。

しかもこの本は、まるでカズオ・イシグロの作品を読んだ時のような奇妙な印象を与える。というよりも、いろいろなことが頭に浮かんで考えさせられる。ふだんは読書中音楽は聴かないが、突然久しぶりでマーラー交響曲第3番の終楽章が聴きたくなってこれを流しながらも読書した。

デイケア施設に通う「メンバー」さんたちと職員たちの姿を極めてユーモラスに分かりやすく記述し、しかもあくまで「学術書」であるという形を採る。途中に「幕間口上」などというものが二カ所含まれ、そこではケアとセラピーについての考察が述べられる。「癒し」「癒される」の考察が執拗に繰り広げられる。しかしここで、自分の経験からも、登場人物たちが実在の人物たちと合致することがあってはならないことに気づく。もしくは、予め断ってあることが必要であることが分かる。でもそんなことは到底できないので、登場人物たちは「モデル」に過ぎないことになる。その瞬間、逆転的に作者(著者)の記述能力の高さが光ってくる。また、絶えず作品全体のことがよく分かっているように思わせる構成能力の高さも浮かび上がってくる。いや、これはポストモダン的抽象構成と言えるのかもしれない。

学術書は売れない。それは専門家しか読まないからである。

だから、一般に読者層を広げる。しかし、これは学者系の苦手なことである。

それは、彼らが得意な論文では「創作」が許されないから。

「説明文」しか書けないから。

「創作」を含む学術的な解説書。

なぜデイケア職員は辞めていくのか。

その底部にあるものは何なのか。

このブログの読者にも一読をお勧めしたい。