Carromyーその20 | JOKER.松永暢史のブログ

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コーヒーは入れ立てらしく、非常に美味だった。これは、オオサワが到着時間を逆算して、コーヒーを入れて待っていたことを意味していた。

「あっ、美味しい!」

6角堂が思わずまるで子どもの独り言のように小さな声を出すと、オオサワは片目をつぶって初めて笑みを顔に浮かべた。

オオサワも、この初めて見る得体の知れない人物=オカモトを前にやや緊張していたのかもしれなかった。

6角堂が、盤面プリントとコーティングの説明をし終わると、オオサワは、「ではこちらへ」と、一段上の部屋へ案内した。

靴を脱いで土間から上がると、太い木の柱が四隅にある空間があり、そこに大きな木製のテーブルがあったが、その面はまさに顔が映るほどツルツルで、大木の一枚板の木目も鮮やかであった。

オオサワは、その上に大きな布を載せ、1台のキャロムボードを載せた。その盤面には、6角堂の見たことがない渦巻き状の記号が、通常キャロムの競技用ライン以外に描かれていた。

「何ですかこの紋様は?」

「これは、カタカムナという古代文字なんだそうですよ」

このとき、じっと黙っていたオカモトのサングラスの中の目が光った。だが、それは二人には見えなかった。

「真ん中の点が跳ねたようなマークはマルチョンというんですって。つまりカタカムナ・マルチョン・キャロムボードというわけです。これは私の知り合いの知り合いが作ったものらしいのですが、表面のコーティングが悪くて使えなくなっていたものを私が再生したのです」

オオサワがストライカーを出してそれを弾くと、それはカチンカチンカチンカチンカチンと3往復した。

「完璧ですね」

「でしょう。でも私がお伝えしたいのはこれなのです」と言うと、オオサワは棚から大きなプラスチック製と思われる透明な板を持って来て、これをキャロムの盤面に載せると、これはぴったりと納まった。

「これで」と軽く何かをスプレーして布で軽く拭いて、ストライカーを置いて弾くと、これまたカチンカチンカチンカチンと3往復。

二人が驚いて見ていると、

「つまり私が申し上げたいのは、この硬化プラスチック板に裏面から紋様をプリントして、これを盤面の上に、穴に合わせて挟み込んで、それを枠板で押さえて固定するようにさえすれば、それだけで、粉をまかずとも充分なボード滑性面が得られる。しかもその摩耗によって老化した時は、そのシートだけ交換すれば良いことになるということです。実際はこの方がコーティングよりも丈夫ですが。しかも盤面模様デザインも自在です。コピューターで作ったものをプリントするだけ。後は設計図を書いて、大きさや穴の位置などゼロコンマ1ミリ単位で木工側と合わせるだけで済むと思います。」

すると、今まで黙っていたオカモトが突然叫んだ。

「やった!素晴らしい!是非それでやってくれ。やはりワシの勘は正しかった。大当たりじゃ。6角堂さん、どうですか?これでいけますか」

「これはキャロムを量産するに当たって素晴らしいアイデアだと思います。これなら工程は部品作りと塗装、組み立てだけになります」

オオサワは腕を組んで盤面を眺めて何か考えているのか表情を変えなかった。そして言った。

「6角堂さん、貴兄は今日このあとのご予定は詰まっていますか?」

「明日は会社休みで朝からキャラムボード作りです」

「そうですか。では、わざわざもう一度打ち合わせのためにお会いするのでは面倒ですから、よければこれから話を詰めてしまいましょう。そうすればお互いの仕事に取りかかればよいだけです。実はもうすぐ渕上さんもやって来ます。帰りは彼に送ってもらえば良いでしょう。何か地域自然素材ながら美味しいものでも作りますよ。酒もバッチリですよ。」

オオサワはオカモトは帰るものと決めつけているらしかった。

この時、入口でノックの音がして戸が開くと、現れたのは運転手の前田の顔である。

「失礼・・・」

「何か?」

すると前田は、「失礼します」と言って中へ入って来ると、土間の下からオカモトに何か耳打ちした。しかし、少しだけ声が漏れた。それは「市長」と聴こえた。

「わかった。了解したと伝えてくれ」