すでに合格の報も聴こえてくるが、とりあえずCarromyー
「そうですよ。レートのことですよ」
驚いた。何とオカモトは初めての対戦相手の遠藤に賭けキャロムをしようと誘っているのである。遠藤は学生時代に麻雀にはまり、しまいにはフリーで雀荘で打っていたこともあったが、結局学業に専念できずに、辛くも卒業するも、友人に誘われたIT会社設立に参加して、このビジネスと言うより「労働」がやや順調に「発展」に結びつき、ついでにそばにいて付き合いのあった女性と「懇意」になり、若気の至りで結婚して、一児をもうけて働き続けて今日に至っているのだが、結婚以来なぜか自分の人生を眩ませる確率の高い「賭け事」から遠ざかって真面目に働いていた。つまり、「ギャンブル」という生き甲斐を、「結婚」という機会に捨象していた。だから、遠藤には、賭け事自体の経験がないわけではなかったが、キャロムの技術向上のためにはいたしかたがないとも判断して、恐る恐る、表情一つ変えずにじっとこちらを睨んで答えを待っている「オカモト」に対して、仕方なく、しかしその強要必然的な流れの結果として、
「で、それはいかほどで?」と口にすると、オカモトは少し体を乗り出して、指を一本立てて、
「これでいかがでしょう?」と言うので、遠藤が、
「エッ?人差し指ですか?」とつい答えると、オカモトは、やや押し殺したような声で、
「それを言うなら小指でしょう。人差し指がなくなっちまったらキャロムができなくなってしまうじゃないですか。冗談はさておいて、『1本』では高いならば『1枚』ではいかがか?」
「1枚」というのは、福沢諭吉のことを言うのであろうか、それとも野口英世のことであるのか。まさか500円硬貨ではあるまい。1万円はちょっと痛いが千円なら「授業料」でもかまわないか。そう考えた遠藤が、
「千円ということですか」と念押しすると、オカモトは、
「では決まった」と言って、サイドテーブルの上から、ボタンの付いた皮ケースを取り出してそれを開いた。そこにはきれいなストライカーが6個並んでおり、オカモトはちょっと指先で迷うような仕草を見せると、一つを取り出してボード上で軽く2、3回それを弾いて試すと、ケースをテーブルに戻した。
「大理石ボードは反射が固いので、ストライカーも固いものだとまずい」と口にした。
先番は遠藤に決まり、遠藤はそこにあった店のストライカーを使うことになった。