遠い満月が過ぎれば、下弦に向けて一気穏やかに波動は低下して行く。
この2〜3日、二人の過去の生徒の訪問を受けた。
最初はこの3月まで指導し、全寮制の私立中学に進学した12歳。もう一人は20年以上前に教えた41歳の青年である。
前者から学校の様子を聞いて驚いた。
「僕の学校ではセッションはあっても授業らしい授業はない。たまに先生が長く解説することはあっても、みんなで集まってどしどしやりたいことや意見を言い合う。勉強は主に自学で、自分でする。とにかく自由で本当に楽しい。」
これは東京コミュニティスクールで市川先生が実践してきたこととほぼ同じである。私立は生き残りをかけて、新しい教育の道を探索している。これは公立がADHDなどの学習障害者をクラスから閉め出して特別支援学級に隔離するやり方の逆であり、正しいやり方である。いつまでも変わることのできない日本の学校教育こそがADHDを顕現させていることに、自分たちがそうではない上層部は気がつけないのである。アメリカの学校では問題なかったが、日本の学校に入ると「問題児」のレッテルを貼られることはこれまでも多く目にしてきた。本当に愚かなことだと思うが、事態を明らかにするためにも、次回本に力を入れたいと強く決意した。
ややひげが生え始めてこの一年で大きく変わることが予想されるこの生徒にこの学校を与えたのは彼の父親である。子どもの個性に合わせて、偏差値ではなく、自ら足を使って適正な学校を見つけ出すのは親の大切な仕事である。彼は前田先生の古民家に大いに興味を持った。
もう一人の青年の方は、私大を卒業後、不動産業を営み、結婚はしているが子どもはいないという。
彼はネットで筆者のことを検索し、最初こんな本をたくさん出すのは別人ではないかと思ったそうであるが、You-Tubeでサイコロ学習を見て、本人であると確認し、その上で過去ブログに全部目を通したという。
「冗談」で書き散らしていることを長い時間かけて読んでいただくのは申し訳ない気もするが、読んだ結果彼は筆者に会いに来ることを決めたというから分からないものである。
最近、いったいこのブログを誰が読んでどのように捉えられるのかやや気になるが、彼が言うには、
「先生の言っていることは一貫しています。でも先生のことを直接知る人はよく分かるでしょうが、そうでない人は混乱するかもしれません。」
彼は改めて作文法を習い、リベラルアーツと焚火に参加したいという。
もちろん快諾した。
彼は旅に出たくてしょうがないという。
「それは出ればよいが、その前にヴィパッサナのコースをとると良い」と勧めた。
また、「コンプレックスを持って、それを理由に躊躇するのはナンセンスである。コンプレックスは『気のせい』に他ならず、自分の弱い心のためだとわきまえよ。生きて行動の自由があればそれで何の問題もないのだ。それから稼業と活動は別であり、両輪である。稼業はあくまで活動のためにあるので、稼業で忙し過ぎて活動の余裕がないのはナンセンスである。」
結局彼も知りたいことは、筆者の哲学の根本をなす『FOUR・WINDOWS』についてである。
どうやらやはり、この夏以降、リベラルアーツでFOUR・WINDOWSの解説をすることになりそうだ。
ネットで検索しても出ないし、著者名を入れて検索すると、なぜか「ブロックされました」と出る。
著者が二人とも既に他界しているので、再出版を心がけたいが、どうやらそれは危険なことなのかもしれない。
そんなことはない。FOUR・WINDOWSはポストモダンの遥か先を行っていると思う。半世紀近くを経て、いよいよその思想は輝きを増す。
教師にとって、昔の生徒の訪問を受けることは実に大きな歓びである。
彼の「勇気」に感謝したい。