相変わらず毎日執筆三昧であるが、小笠原から帰って来た男に会った。
母子家庭に育ったこの男は、筆者の助言を受けて、自宅近くの農業高校へ進学した。
成績は学年トップで、これまた筆者のアドバイスを受けて農大の短期に入学した。20歳時点で一応食える技術を身につけるためである。貧乏人に四年制のインチキ教養課程は必要ない。
しかし、その2年間は真に充実していた。
まず、学費の高さに目が飛び出た彼は、「取り返し」を決意した。毎日1時限から5時限まで目一杯授業を取る。レポートは文章練習のためにどんどん書く。資格も取れるだけ取る。こうして特待生として、2年時の授業料が戻った。初めてのバイトは家の近くの洗濯屋。
そして、その大学の休みの間、自由研究、林間作業、農業研修、共同制作、そして海外旅行と飛び回る。ヴィパッサナ瞑想のコースにも参加した。
短大卒業後は、「オモロいバイトで技術を磨き、できた金で活動して成長し続ける」の筆者アドバイスに従い、まず調理法を学ぶためにイタリアンレストランでバイト。約2ヶ月でピザとパスタが作れるようになるとこれを辞め、今度は夏期富士山3000メートル山小屋で3ヶ月間バイト貫徹。山を降りると、カメラとノートパソコンを買い、あちらこちらで活動。
年が明けると、語学研修にロスへ。ここで2ヶ月英語学習とバイト生活。「世界中に友だちを作っ」て帰国すると、「花粉を避ける」と称して小笠原へ。ここで、5ヶ月間主に道路作りの肉体労働。でもこれは富士山と違って週に2日必ず休みの日があるし、夕方終わった後は、スポーツや芸術などの練習に参加して、後は海海海で超楽しー」
きれいに陽焼けした顔に白い歯が眩しいが、都会を離れて遠い島で生活した者の顔には、どこか南の島の原住民のような人を疑わない単純ハッピーのような表情が漂う。
で、こいつは相変わらず知的でないと思って話を聴いていると、「先ず9月下旬に大学の編入試験を受けるのでその準備をします。その後ははっきり決めていませんが、長野の山の中に山小屋を建てて住んで見る。」と言う。
「ハァ?」
「僕ね、自然環境で働く傍らソロー読んだんですけど、ハマりました。自分もやってみたくなったんです。最低限の物だけで生活する。やってみたいと思いませんか。実はやる土地も目星がついているんです。近くに川もありますし」
「ソローはね、リベラルアーツでも読んだんだけど、エマーソンとかインド思想とかの影響も濃いね」
「いいなあそういうの。ソローが何を元に考えたのか知りたい」
「まあそろそろ本を猛烈に読むことだね。それに大学に戻ったらいよいよ本格的に本を読まなくちゃ」
「そうですよねえ。今読みたいのは、先ずドンキホーテと赤と黒と・・・・・」
「なんだオマエ、セルバンテスとスタンダールが読みたいのか。いい趣味してるねえ」
「いえ今度、小笠原で海外の軍隊で訓練を受けた25歳の人に会ったんですけれども、その人は『俺は夕陽を見るために生きている』と言うんですが、その人の絶対お勧め書物です」
「セルバンテスは、1571年のレパント戦で左腕を失い、長年イスラム教徒の捕虜になって生活する。脱出するも片腕の男に仕事はない。で、当時はやっていた騎士道物語をパロったのがドンキホーテというわけさ。今はもう思い出したくもないようなド田舎のラマンチャ県のさる村で、農家の親父が発狂して遍歴の騎士の旅に出るも、行く先々で信じられないような珍事件でひどい目に遭うという話だが、セルバンテスは、これを売るためにバルセロナに出かけたが、どの版元にも全く相手にされない。悲嘆にくれて原稿の入ったカバンごとただ同然で人に譲り渡した。すると何年かたって、自分の書いたものが街で大売れに売れていることに気づいたが、自分が書いたことを証明する方法がない。そこで続編を書いて、自分が正当な作者であることを証明したというわけさ」
「ふ~ん、面白そうですね」
「あたりまえよ。最初の一文からすべてフザケて書いているんだもの。ラブレー同様完全冗談小説」
「マークトウェインと同じですね。いつもふざけている」
「マークトウェイン?」
「今自伝を読んでいるんです。スタンダールの話も解説して下さい」
なんと気がつくと文学の話もできるようになっている。
「労働には、富士山みたいに単に金を得るために耐える労働と、小笠原みたいにそれなりに現地を愉しむ労働があると思います。まあしばらくの生活費は溜まったので、来年の春までボランティア的仕事でも面白ければ何でもやるつもりです」
小笠原は、父島が人口約2000人、母島が約500人。東京港から25時間の船旅だそうである。
島は、漁師などの現地住民、自衛隊関係者、建設関係労働者、観光産業関係者で構成されると言う。
船が着く日のスーパーには行列ができるそうだ。
アジやイカならそこらでいくらでも釣れるそうだ。