大判屋 | JOKER.松永暢史のブログ

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これはあらためて書く必要のないことなのだが、オーバンヤのことがどうしても気になる人のために補足で書く。断っておくが別段オモロい話ではない。

都会で企業に雇われて働き給料をもらってむなしく生きるのではなくて、田舎で適宜に労力を提供しながら安く楽しく生活する。
弱肉強食の経済ではなくて自給共存の経済を考える。
空いている時間に文化に繋がる趣味や創造を行う。
必要なのは互いの幸せを祈り合う隣人がいることだ。
歓びを分かち合う友達がいることだ。
一度過疎になった林業地帯も、未来のどこかでエネルギー資源として役立つ日がきっと待っている。
新しいアイデアが出れば、「里山資本主義」ではないが、村にお金が入ってくる仕組みを作ることもできるだろう。
そのために、豊かな発想の人、友達が多い人、高い知性を持ち合わせる人をまず呼び寄せていく。
それにあの杉の木には誰もが魅きつけられることだろう。

午後の新幹線で帰るために下まで送ってもらうことになった。
「昼飯は大判屋にしよう」
「そうや、そうや、そうこなくっちゃ」
「キミもここまで繰り返し話を聞いたら、確かめないわけにはいかないだろう」
「そう言うあなたこそ行きたいのではないか」
「別にそう言うこともないけど敢て否定もしないな」
「では連れて行っていただきましょう」

ジローさんもやってきて、車で約40分下まで下る。ゴローさんは「青森の山の中に住んでいる友人から習った。ほとんどノークッラッチでガソリンを使わない方法」とブレーキだけで走る。一瞬コワいが、慣れているらしく運転は上手い。ゆっくり行く。後ろから速い車が来るとすぐに路肩に避けて停まる。

なんと「オーバンヤ」は、実は本当に「大判屋」という名前の軽食店なのである。もちろん大判焼きも作って売る。この大判焼きがでかい。直径10センチ、厚さ5センチくらいある。店の構えもそうだが、中へ入ればそこは完全な昭和40年代のまま。昔懐かしい安くて頑丈な鉄パイプテーブルと椅子がある。割と広くて詰めれば30人ぐらい入れる。一方の壁には、小学生たちが書いたと思われるお店の感想の紙が一杯に張ってある。メニューは、お好み焼きと焼きそばであるが、両方とも量が多くて二人で食べてちょうど良い量である。
夏はかき氷で、これはラーメンのどんぶりに入って出てくると言う。
どうやらここは、スポーツ帰りの中高生で込み合う店であるようだ。コーチや先生がおごることもあるかもしれない。
「大判」とは「大判振る舞い」の大判でもあるらしい。一方の壁には、薄汚れた「福沢先生ご宿泊の店」と墨字で書かれた縁起物の古い板の飾りもあった。

「おばさんだけみたいですね」
「お客が少ないからかな」
「孫娘さんは、そのうちバイトに出るようなことも言っていた」
「あんたホンマに詳しいな」
「アッ!来た。来ましたよ!」
調理場のお母さんの横にセーターにジーンズ、その上にエプロンを着けた髪をきちっとセットした女性の後ろ姿が見える。
「ホールはあの人の係だからもうじきこっちへ来ますよ」
で、現れましたる彼らがマドンナは、見かけ推定年齢38~42歳。肌は色白く美しい。顔は、小さいながら鼻筋良く通り、唇は薄く、目は大きくはないが少女マンガのようにきらきら光っている。これは丹念な化粧によるもので、特につけまつげの使い方が絶妙で、これはアナウンサーになれない銀座のホステスさんとアナウンサーのママの子どもたちも通う付属小学校のママのお化粧に偶然共通するところがあるもので、リッチで高級感がある、そのくせくどさやケバさがない、どこかで習った技術に感じさせるものがあった。
「いらっしゃいませ。先に焼きそばをお出ししてその後でお好み焼きを持って参りますわね」と水の入ったコップを出す。
なんて言うのだろう。化粧が上手いので、敏感なのにかえって謙虚に見えるように効果が出ているものである。
「大判焼きも注文していいですか」
「どうぞどうぞ」
「では粒あんの人」
「ハイ!」
「白あんの人?」
「ハイ!」

ともあれ、田舎では女の人はほぼ素のままなのでバッチリ化粧をしている人を見るとつい男たちは心が騒いでしまうらしい。
それにしても、男の人たちに「プロ」を感じさせるのは不思議である。
「この前なんかね、オレ、あの人がスーパーの駐車場から出てくるところを見たけれど、黒い大きな割と高そうなワゴンだったんでびっくりしたよ」
「あんたホントによう会うとるなあ。うらやましいわ。わざとやないの」
「スーパーに行くだけ。スーパーは一軒しかないの」
「するといよいよ、旦那の仕事が都会で失敗。借金取りに追われて実家に身を寄せるとかいう線か?」
「いやいやそう単純ではないかもしれない」
「引き続き真相を調査しよう」
この人たちは何をやっているのか。田舎で退屈なので共通のネタにしているのである。
これ以上この事柄に付き合うことは無用である。
焼きそばだけで食べ切れない。後から来たお好み焼きはお持ち帰りとなった。
「お好み焼きは僕がもらうよ。パンをくれた隣の家の子どもにあげるから。それからこれは東京へのお土産。僕がご馳走するよ」
「そうか。今回は本当にいろいろありがとう」
彼らと別れると、遠州鉄道で浜松へ出て、新幹線で東京に向った。




*もう次の旅が目前に迫ってしまった。これでこの項終了する。連続的な読者に感謝御礼申し上げる。