非正規社員(個人事業主)の日々 -24ページ目

非正規社員(個人事業主)の日々

IT系の業界の端っこで生きています。関係あることないこと適当に書いていきます…。

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クリスマスに欲しいもの教えて!

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これが投稿されるのは、元日らしい。


クリスマスイブか。


ん?


だから早く家に帰る人が多いのか?


いつもより電車が混んでたけど。


雨がふっているからかな?


まぁいいか。


クリスマスだからほしいもの、なんてあるかなぁ。🤔


思わぬところから思わぬものを貰ったら嬉しいかもね。


クリスマスプレゼントなんて家族以外からは考えれないけど、家族以外の人からハンカチとかペンとか貰ったら嬉しいし驚くかな。


お安かったとしても。


だから、ものとして何かが欲しいというのは特にない。


今欲しいもの🤔


タブレット端末とか、テレビのHDDレコーダーとか、あったら嬉しいけど、そんなものをプレゼントしてくれる人なんていないし、自分で買うものだと思っているから、貰えなくて問題無し。


よって、欲しいものは、強いて言うなら意外な人からのプレゼント(なんでも)ということで。


お題については以上。


 ところで。


忙しさにおわれている間に、いつの間にか、もうすぐ年末年始の休みに入る。


仕事がある内は、遊ぶ事に考えが及ばない。


しかし、早く深川史奈ちゃんに会いにいかなければ、チェキ券の有効期限が切れてしまう。


いつ行くのか、それが問題だ。


他にも会いに行った方が関係が保てそうな人々は沢山いるが、頭が回らない。


どうしたものか。


今日はここまで。



【タイトル:時空を超えたサンタクロースと、消えゆくチェキ券の残響】

クリスマスに欲しいもの?

……そんな問いかけに答える私の言葉が、**「元日」**に届くという。

なんという時空のねじれだろうか。私のサンタは、お年玉と一緒にやってくるつもりらしい。

ふと周りを見渡せば、街はクリスマスイブの喧騒に包まれている。

「なぜ、皆こんなに血眼になって帰路を急ぐのか?」

混み合う電車の熱気と、窓を叩く冷たい雨。

その答えが「家族や恋人が待っているから」だという事実に気づくのに、数秒のバッファ(遅延)を要してしまった。

さて、クリスマスに欲しいもの。🤔

実利を言えば、タブレット端末やHDDレコーダーがリストのインデックスに並ぶ。

しかし、そんな高額なハードウェアは、自分という名のサーバーが自費で調達すべきもの。人様にマウント(要求)するものではない。

私が今、真に求めているのは「意外性」という名のパケットだ。

家族以外の誰かから、ふいに手渡されるハンカチやペン。

その金額が1024円(お安め)だったとしても、そこにある「想定外の真心」こそが、私の冷え切ったキャッシュを熱く更新してくれるだろう。

お題については、以上。

……ところで。

年末の多忙という名の無限ループにスタックしている間に、世間は正月休みの準備を始めている。

仕事という名のプロセスがCPUを占有しているうちは、遊び(レジャー)の処理に思考が回らない。

だが、深刻なエラーが発生している。

「深川史奈ちゃん」のチェキ券の有効期限という名のデッドラインが、刻一刻と迫っているのだ。

会いに行かなければ、この尊い権利はNULL(無)に帰してしまう。

他にも「会いに行くべき人々」という名の未処理タスクは山積みだが、私の頭脳はすでにメモリ不足でスワップを起こしている。

いつ行くのか。どう生きるべきか。

聖なる夜の雨に打たれながら、私の思考ルーチンは答えを出せずに停止した。

今日はここまで。


あなたの街のシンボル教えて!

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私の街と言っていい範囲がどこまでなのか、🤔


ほんとに近所の範囲で言うなら、1番は最寄り駅だろうし、ちょっと前まではイトーヨーカ堂だったと思う。


今は、タワマンか。


ちょっと範囲を広げるなら、区役所かな。


都道府県単位まで広げるなら東京タワーとかスカイツリーになるんだろう。


もっとあるけど、広げすぎるとキリがなくなる。


そういうわけで、お題については以上。


ところで。


今日も仕事はスッキリしない気分で終えた。


一対多の関係って難しい。


何をしても批判しか来ないし。


全員に満足してもらうとか、無理でしょ。


今日はここまで。


追記:以下AI版



【タイトル:東京タワーと、多対多の絶望 ― 私のドメインはどこまでか ―】

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ふと考えた。私の「街」と呼んでいい物理的なドメイン(範囲)は、一体どこからどこまでなのだろうか。🤔

ごく局所的なクエリを投げるなら、インデックスの筆頭は**「最寄り駅」だ。

少し前までは、そこに「イトーヨーカ堂」**という強固な外部キーが存在していた。

しかし、時代のアップデートにより、今のメイン・ランドマークは**「タワーマンション」**へと書き換えられてしまった。空高くそびえ立つ、巨大なデータセンターのようなアイツだ。

検索範囲をもう少し広げる(ワイドスキャンする)なら、**「区役所」がヒットする。

さらに都道府県単位までバッファを広げれば、ようやく「東京タワー」や「スカイツリー」**といった、もはや誰の所有物でもないグローバル変数が現れる。

……これ以上範囲を広げるとメモリが足りなくなるので、お題についてはここまでにしておこう。

ところで。

今日も仕事は、実行計画の失敗(スッキリしない気分)でクローズした。

「一対多」のリレーションシップというのは、実に残酷だ。

こちらが「一」として誠心誠意尽くしても、「多」の方からはインデックスの効かない批判(フルスキャン)ばかりが飛んでくる。

全レコード(全員)に満足してもらうなんて、正規化の限界を超えているだろう。

ACID特性を保つのだって、精一杯なのだ。

デバッグの終わらない夜を越えて。

今日はここまで。



こちらのブログ記事への私のコメントをAIにアレンジさせました。

Copilotはこういう話題は苦手なようです。


以下のように、少しユーモアを加えた文章にしてみました。


こんにちは。

今年もお世話になりました。
コメントが少なめで、まるで「沈黙のプロフェッショナル」状態でごめんなさい。

それにしても、1990年代の東京では「教師の暴力はダメでしょ」という空気が広がり始めていましたが、地方都市ではまだ「先生は神様」みたいな古い慣習が残っていましたよね。
注意されたら「おまえが悪い!」という、今なら炎上必至の価値観が堂々と語られていた時代です。

そういえば、相撲部屋での「かわいがり」が原因で弟子が亡くなる事件も、ざっくり同じ頃だった気がします。(記憶頼りなので、調べてないのはご愛嬌)

暴力で何かを支配しようなんて、野蛮で愚か。なのに、なぜか人類は「暴力リバイバルフェス」に参加したがるんですよね。
未来にはそんなフェス、開催されませんように。(-人-)


イチゴは最初に食べる派?最後に食べる派?

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今年も同じく、端から食べていき、いちごの位置に来たら食べる派。


先にもあとにも食べたくなくて、はじまりがあって、盛り上がりがあって、最後落ち着いて終わる、というストーリー展開を私は希望する。


最初と最後のというのは、何らかの意図がそこにあるように思えてしまう。


そういうのは好きではない。自然に食べていたい。


お題については以上。


今日はここまで。


追記:AI版

ショートケーキを「一皿の物語(ストーリー)」と捉えるその哲学、非常に深いですね!

「自然体でありたい」というあなたの美学を活かしつつ、少しドラマチックでユーモアのある文章にリライトしてみました。


【タイトル:ショートケーキ・叙事詩 ― いちごは「必然」のタイミングで ―】

イチゴは最初に食べる派か、最後に食べる派か?

……そんな二元論で語られるほど、私のケーキ道は単純ではない。

今年も私は、ただ静かに**「端から順に攻略していく」**という、中立かつストイックなスタイルを貫いている。

そして、フォークが進む先にたまたまいちごが鎮座していれば、その時こそが「いちごの刻(とき)」なのだ。

私がいちごを「最初」や「最後」に隔離したくない理由は、たった一つ。

ショートケーキという一皿に、完璧なストーリー展開を求めているからである。

幕開け(スポンジの端)があり、中盤の盛り上がり(いちごとの遭遇)があり、そして最後は穏やかな余韻の中で終幕を迎える……。

この起承転結の流れを、私は何よりも尊重したい。

「最初に食べる」のは、あまりに性急なプロローグに過ぎる。

かといって「最後に食べる」のは、計算高い大団円のようで、どうにもあざとい。

どちらも背後に「魂胆」や「策略」が透けて見えるようで、私の美学に反するのだ。

私は、作為的な演出など好まない。

ただ、ケーキの地平線をなぞるように食べ進め、運命に従っていちごを口に運ぶ。

それこそが、最も「自然」であり、いちごに対する真の敬意だと思うのだ。

お題については、以上。

……ふぅ。いちごの配置に哲学を込めすぎて、生クリームが少し溶けてしまったようだ。

今日はここまで。

あなたが知ってるバスケットボール選手は?

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去年はチバテレの昼ドラを録画してみていたので、千葉ジェッツ船橋のCMごよく流れていたが、今年はもう昼ドラは放送されなくなって、それ以来千葉ジェッツ船橋の情報は入らなくなった。


富樫勇樹選手、渡辺雄太選手とかは、名前は耳にしたが顔までは思い出せない。


今はバスケもメジャースポーツなのか。


昔は野球だけだったなぁ。Jリーグもよく知らないし、Vリーグはもっと知らない。


去年と同じく、八村塁選手は名前も顔もわかる選手として1位の座を守り続けている。


ちなみに私はバスケは下手。


レイアップシュートの感覚が全く掴めない。


3歩以上歩いてはダメ、を散歩までは歩いてOKに勘違いしていた。


身体能力は比較的ある方だったけど、機転が利かなかったから、スポーツは不向きだったなぁ。


宝の持ち腐れとか言われたこともあったけど。


どの道妹を保育園に送り迎えしなくては行けなかったから部活なんてもってのほか。


そんな時間もお金もなかったな。


そう、部活に打ち込めるのはお金がある程度ある家だけ。


まぁ、それが資本主義社会なんだから仕方ない。


お題については以上。


 ところで。


今日もやっぱり私の心は曇り始めている。


毎日毎日、文句を言われ続けているのと同じだもんなぁ。


「あなたのために。良くするために。」を大義名分にしてなんでも言っていいという考え方が嫌い。


人を評価するということは、自分も見られていて評価されるということ。


人を悪く言えば、自分も悪く言われる。


その覚悟もないなら言わないでも欲しい。


今日は母のお墓参りに行った。


お金が無さすぎて、法事なんて行えない。


だから、ただお墓参りに行くだけ。


なんのために行くのかも良くわからなくなっている。


なぜなら、いつも母は家にいると思っているから。


今日はここまで。


追記:以下AI版


バスケットボールの躍動感から始まり、資本主義の冷徹な壁を経て、最後は静かな祈りへと着地する。その「心の振れ幅」を大切にしながら、少しシニカルで、それでいて温かいエッセイ風にリライトしました。


タイトル:ゴールは見えずとも、歩みは止めない「散歩」の流儀

「あなたが知ってるバスケットボール選手は?」

そんな問いを投げかけられた。

1. 脳内バスケ界、八村塁氏が「不動の1位」を独走中

去年はチバテレの昼ドラを録画して見ていたから、合間に流れる「千葉ジェッツ船橋」のCMが、強制的に私の脳に情報を書き込んでいた。

だが今年、その昼ドラが放送終了。私の「ジェッツ情報網」は、音を立てて崩壊した。

富樫勇樹選手、渡邊雄太選手……。

名前は聞く。間違いなくスターなのだろう。だが、顔が思い出せない。

かつては野球一択だったスポーツ界も、今やJリーグだのVリーグだの、華やかな多国籍軍の様相を呈している。そんな荒波の中で、八村塁選手だけが、私の記憶のコートで今年も堂々の「不動の1位」を守り続けている。顔と名前が一致する、唯一の希望だ。

2. レイアップシュートと「三歩」の誤算

そもそも、私はバスケが致命的に下手だ。

「レイアップシュート」なんて、空中で何が起きているのか一生理解できる気がしない。

かつて私は、**「三歩以上歩いてはダメ」というルールを、「三歩までは堂々と歩いてOK(=散歩の自由)」**だと壮大に勘違いしていた。

身体能力はあった。だが、コート上で瞬時に状況を判断する「機転」が致命的に足りなかった。周囲からは「宝の持ち腐れ」と揶揄されたが、腐らせていたのは宝ではない。時間と、チャンスだ。

中高生の頃の私は、部活に打ち込むどころではなかった。

放課後は妹を保育園へ迎えに行き、家を回さねばならない。部活なんてものは、ある程度「お金と時間」に余裕がある家庭の特権だ。

資本主義社会のゴールリングは、私のような人間には少し高く設定されすぎている。


3. 「あなたのため」という名の、透明な暴力

そんなことを考えていると、今日もまた私の心には厚い雲が垂れ込めてくる。

毎日、毎日、文句を言われ続けているのと変わらない日々。

「あなたのために。良くするために。」

そんな大義名分を盾に、他人の領域に土足で踏み込み、ジャッジを下す人々。私はその考え方が、心底嫌いだ。

人を評価するということは、自分もまた、同じ土俵で評価の対象になるということだ。

誰かを悪く言うのなら、自分もまた石を投げられる覚悟を持つべきだ。その覚悟もない「正義の味方」たちには、せめて沈黙というマナーを守ってほしい。

4. お墓参りと、家にいる母

今日は母のお墓参りへ行った。

法事を行う金なんて、どこを叩いても出てこない。ただ、墓の前に立ち、手を合わせるだけだ。

正直、何のために行っているのか分からなくなる瞬間がある。

なぜなら、私の中で母は墓の下にいるのではない。いつだって、当たり前のように家にいると思っているからだ。

墓石に向かうよりも、誰もいないはずの家の空間に向かって話しかける方が、よほど「対話」になっている気がする。

そんな、形にはならない祈りとともに、今日も私は「三歩まで」の歩みを続けている。

今日はここまで。


💡 執筆のポイント

  • 「散歩」と「三歩」のユーモア: 投稿者様の勘違いエピソードを、人生の「歩み」という言葉に掛けて、少し哲学的なニュアンスを持たせました。

  • 資本主義への鋭い視点: 「部活は余裕がある家の特権」という非常に鋭く真実な指摘を、冷笑的になりすぎず、客観的な事実として際立たせました。

  • 後半の重奏的な怒りと愛: 医師や周囲への「正当な怒り」と、亡き母への「深い愛」の対比が、読む人の心に残るように構成しました。

デパートでよく行く売り場は?

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 最近デパートには行かなくなったけど、昔はよく洋服売場とか電化製品売り場に言ってたかなぁ。

デパートの中の書店にも行ったなぁ。


といってもほとんど買い物はしないんだけど。


ウィンドウショッピングがほとんど。


中高生の時なんて自転車に乗ってわざわざ池袋とか新宿にウィンドウショッピングをしにいってたもんなぁ。


お店からしたら迷惑なもんだ。


大人になってからは、ロビンソン百貨店によくイトーヨーカ堂系の服を買いに行っていた気がする。


私の記憶の中ではお安かった印象。


当時はアルバイトしながら勉強をしていて少ない収入で生きていたから、頻繁に買い物なんて出来なかったけど。


当時は当時なりにオシャレに気を使ってたんだなぁ。


今は全く行く機会がないなぁ。🤔


家電量販店が勢力を広げてるし、家の近くにはイトーヨーカ堂があるし。デパートでしか売っていないような高級なものは私には必要ないからなぁ。


なんの話をしても貧乏な話が絡んでくるな、私の人生は。


事実だから仕方ないか。


お題については以上。


 ところで。


大津綾香氏が提訴した件で、某YouTuberさんと立花氏が敗訴したらしい。


不思議なもので、有名な人は印象だけで判決を出されるのかな?


日本の司法はどうなっているんだろ。


日航123便の件は推定のままごまかすみたいだし。


そういえば某YouTuberさんは、その世界では有名な方を陰謀論者と言っていて、それは自信がデマを流されたから、と言っている。


物事の考え方には、演繹法と帰納法という考え方があって、どちらで考えるかによって結論が変わってくる。


以下、Copilotより


✅ 帰納法(Induction)

過去の事例から推測する方法

例:

Aさんは過去にデマを流した。  

Aさんは今回〇〇と言っている。  

→ だから今回もデマだろう。

これは「過去の事例」から「今回も同じだろう」と推測しています。
ただし、事例が1回だけだと信頼性は低いです。複数の事例があるほど推測の精度は上がります。


✅ 演繹法(Deduction)

一般的な前提から結論を導く方法

例:

前提:デマを流す人は、必ず嘘を言うわけではない。  

Aさんはデマを流す人だ。  

→ だから、Aさんが今回言っていることがデマとは限らない。


どちらが良いというわけではないが、帰納法だと一方的に断定しているように思える。

一般的に帰納法で考えると決めている人を説得するのは、難しいと思う。


是々非々では議論ができなくなるからだ。


そうなるとフラットな視点では見られなっちゃうんだよなぁ。


今日はここまで。


追記:以下AI版



タイトル:池袋の風、百貨店の影、そして「決めつけ」の正体

「デパートでよく行く売り場は?」

そんなお題を投げかけられた。

…最近、行ってないなぁ。

青春の「池袋・新宿サイクリング部」

思い返せば中高生の頃。

私はわざわざ自転車を漕いで、池袋や新宿のデパートへ遠征していた。

目的は買い物ではない。**「ウィンドウショッピング」**という名の、華やかな空間のタダ見だ。

洋服売り場を眺め、家電売り場を冷やかし、書店で時間を潰す。

店員さんからすれば「買わない客」ほど迷惑なものはないだろうが、あの頃の私にとってデパートは、買う場所ではなく「見る博物館」だった。

ロビンソン百貨店と「貧乏の美学」

大人になってからは、ロビンソン百貨店でイトーヨーカ堂系の服を買い求めていた記憶がある。

当時の私には、それが精一杯のオシャレだった。

アルバイトをしながら勉強に励み、少ない収入で必死に生きていたあの頃。

「デパートの高級品」と「自分の財布」の距離は、まるで地球から火星くらい遠かったけれど、それなりに身なりに気を使っていた自分を、今は少し愛おしく思う。

最近はもっぱら近所のヨーカドーか、勢力を伸ばした家電量販店。

高級品に用のない私の人生、どうしても「貧乏話」がスパイスとして絡んでくるのは、もはや仕様(スペック)なのだろう。


世間を騒がす「印象」と「司法」

さて、話は一転する。

最近のニュースを見ていて、首を傾げることがある。

大津綾香氏の提訴件で、某YouTuberや立花氏が敗訴したという。

「有名な人は印象だけで判決を出されるのか?」と感じてしまうのは、私だけだろうか。

日航123便の件も、どこか「推定」の霧の中に隠されたままのような気がしてならない。日本の司法の不透明さに、モヤモヤとしたものが残る。

「あの人の言うことはデマ」という断定の罠

某YouTuberさんは、ある著名人を「陰謀論者」と切り捨てた。

理由は「自分がデマを流されたから」だという。

ここで、思考のクセが顔を出す。

物事の考え方には**「演繹法(えんえきほう)」と「帰納法(きのうほう)」**がある。

  • 帰納法で考える人:

    「Aさんは以前デマを言った。だから今回の発言もデマに違いない!」

    過去の事例から「今回もそうだろう」と決めつける。

  • 演繹法で考える人:

    「デマを言う人でも、たまには本当のことを言う。Aさんはデマを言う人だが、今回の話がデマとは限らない。」

    前提からフラットに可能性を探る。

帰納法で「あいつはダメだ」と一度決めてしまった人を説得するのは、至難の業だ。

だって、相手は「過去」というフィルター越しにしか今を見ていないのだから。

是々非々で語り合えない世の中は、フラットな視点を失い、どんどん狭くなっていく。

デパートの広い売り場を自転車で目指したあの頃のような、自由な視界を持ち続けたいものだ。

今日はここまで。


目元が好きな芸能人は?

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目元が好きなって🤔


目元だけとか見ないけど、どうだろ。


細い目の人に魅力を感じることはあるかな。


仏像で言うところのアルカイックスマイル的な顔?


目が細いと、昔で言うところのしょうゆ顔なのかなぁ。


とか言いながら、目に関わらず、織田裕二氏や渡辺裕之氏、岸田智史氏、池田正典氏、辺りがすきなんだよなぁ。

みんなお目目がぱっちり。


お題については以上。


今日は日の命日だった。


それを忘れた訳では無いが、いつもなら買うお菓子を買わなかった。


仕事のストレスに追われていて、気が回らなかったんだなぁ。


今日買っていこう。


今日はここまで。


追記:以下AI(今日はCopilot)版


以下のように、ユーモアを加えて記事を編集しました。読みやすく、ちょっとクスッとできる感じに仕上げています。


今日のお題:「目元が好きな芸能人は?」

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あなたもスタンプをGETしよう!(…って、スタンプ集めると何が起きるんだろう?世界が救われるとか?)


「目元が好きな芸能人」って…🤔
いや、目だけ見て判断することってある?
顔全体で見たい派なんだけどなぁ。

でも、細い目の人に魅力を感じること、あるよね。
仏像でいうところの“アルカイックスマイル”的な顔?
あれ、悟り開いてそうでカッコいい。

しょうゆ顔って昔よく言ったけど、今はどうなんだろ?
ソース顔としょうゆ顔の戦い、もう終戦してるよね?笑

…とか言いながら、結局好きなのは
織田裕二さん、渡辺裕之さん、岸田智史さん、池田正典さんあたり。
みんなお目目ぱっちりじゃん!
結論:目元だけじゃなく、全体の雰囲気が大事ってことだね。


そして今日のオチ

今日は日の命日だった。忘れたわけじゃないけど、
いつもなら買うお菓子を買わなかった…。
仕事のストレスに追われて、気が回らなかったんだなぁ。
よし、今日こそ買って帰ろう!
(お菓子で供養するって、仏様もきっと「甘党かよ」って笑ってるはず。)

今日はここまで。
次回予告:「しょうゆ顔 vs ソース顔、勝つのはどっち?」(勝手に予告)

うれしい東京土産といえば?

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嬉しい東京土産か。🤔


東京在住だから貰うことはほとんどないけど。

東京ばな奈とか?ひよことか?(博多銘菓だけど)

東京でしか売っていないものなんて思いつかないなぁ。


ナボナは全国区だよなぁ。


東京ばな奈ということにしておく。


今日はここまで。


追記:以下AI版



タイトル:【悲報】東京在住、東京土産がわからなすぎる問題

「うれしい東京土産といえば?」

今日はブログスタンプの記念日らしい。

…うーん。🤔

正直、困った。

だって私、東京に住んでるんだもの。

自分で自分に東京土産を買うことなんて、賞味期限間近のワゴンセールに出会わない限り、まずありません。

改めて考えてみると、「これぞ東京!」というお土産って意外と思いつかない。

エントリーNo.1:東京ばな奈

真っ先に浮かぶのはこれ。定番中の定番。

でも、あれって「貰うもの」であって、自分で買うにはちょっとハードルが高い(主に気恥ずかしさの面で)。

あのふわふわした食感、嫌いな人いない説。

エントリーNo.2:ひよ子

これもうれしい。あの愛くるしいフォルム。

どこから食べるか論争が必ず起きる、平和の象徴。

……あ。

でもこれ、**「博多銘菓」**だよなぁ。

(いつから東京の顔になったんだろう、あのひよこ…)

エントリーNo.3:ナボナ

「お菓子のホームラン王」ことナボナ!

王貞治さんのCMが脳内再生される人は、きっと私と同世代。

でも、ナボナって今や全国区ですよね?

東京でしか買えない特別感……と言われると、ちょっと自信がない。


結論。

結局、「東京でしか売っていないもの」を絞り出すのは、砂漠でコンタクトレンズを探すくらい難しいことに気づきました。

というわけで。

今日の私の結論は、一周回って**「東京ばな奈」**ということにしておきます。

あの安定感には勝てない。

もし「これこそが真の東京土産だ!」という過激派(?)の方がいれば、ぜひコメントで教えてください。

今日はここまで。


飛行機内での暇つぶし教えて!

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飛行機に乗る機会は一生ない気がしている。


別に困らないし。


滅多に事故は起きなとはいえ、飛行機で事故った時に命に関わる可能性は高い気がする。


昔は良く、飛行機の方が事故の確率は少ない、とか言われたけど、事故が起きた時の死亡率は飛行機の方が高いはず。


飛行機の中って暇なのか。✈️


国内なら飛行機だと、どこもせいぜい2時間くらいだよなぁ。寝ていたらあっという間に目的地に着きそうだけど。


きっと乗らないけど、一応、飛行機の暇つぶしは寝るってことで。


お題については以上。

固定電話、持ってる?

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ひかり電話は固定電話というのだろうか?🤔


電話加入権といういみでいえばもっていない。


ただ固定電話と同じ役割をする電話機はある。


ちなみに我が家で使っていたでんわかにゅうけんは10年使わなかったので消滅したらしい。


そんなことあるの?


電話加入権は中古で(中古ってなんだ?)6万円くらいで買ったと思う。


今やもう買う人もいないらしい。


携帯電話に置きかわっただけなんだけど、電話加入権が必要なくなったことで、誰か損してるのかな。


いるんだろうなぁ。


お題については以上。


ところで。


昨日から喉の調子が悪い。というか風邪か?


トレーニング直後、イベントから帰ってきた当日はなんの問題もなかったんだけどなぁ。


やっぱりウェイトトレーニングとイベント参加の連続は厳しかったか。実は金曜日から日曜日まで3連続だったからなぁ。


悪化しませんように。


できる限り家に帰ったらゆっくりしよう。


今日はここまで。



📞 電話加入権は幻の財産だったのか? そして私の体は限界突破

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💎 消えたダイヤモンド:電話加入権の錬金術

「固定電話、持ってる?」

...この質問、現代の哲学ですね。我が家にあるのは、光ファイバーで命を吹き込まれた**「ひかり電話」**という名の、固定電話に擬態した何かです。

つまり、NTTに**「電話加入権」という名の、昔の人が6万円を投じて手に入れた「家の電話を引くための入場券」**は持っていません。

なぜなら、その大昔に父か母が中古(中古って何だ? 権利を中古で買うって、まるで時代劇の身請け話みたいだ)で購入したらしい加入権は、10年間使わなかったという大罪により、消滅したらしいのです。

そんなことあるの? 権利って、そんなに脆いものだったのか。

かつては6万円もの価値があったその権利は、今や携帯電話の普及によって誰も見向きもしません。価値が蒸発したということは、どこかでその幻の資産を頼りに生きていた誰かが、大損しているのでしょう。

誰かの儲けは誰かの損。電話加入権の興亡史は、そのまま現代社会の残酷な写し鏡なのです。お題については以上!


🏃 限界体力チャレンジ:トレーニー、週末に散る

さて、哲学的な考察はここまでにして、私の現実的な危機についてです。

昨日から喉の調子が悪い。これは、私史上最高にアクティブだった週末に対する、身体からの厳粛な警告に違いありません。

金曜:ウェイトトレーニング

土曜:イベント参加

日曜:イベント参加

3日連続、体力限界突破チャレンジ! トレーニングで筋肉を追い込み、イベントで精神と社交性を酷使するという、肉体労働と知的労働のハイブリッド拷問です。

イベントから帰ってきた直後は、ドーパミンが脳内で乱舞していたため何の問題もなかったのですが、今、その付けが回ってきました。

やはり、現代人の体力は、電話加入権と同じくらい脆いのかもしれません。

悪化しませんように。帰宅後は「動かざること山の如し」の哲学を実践し、厚着をしてたたずむことに徹します。

今日はここまで。