今日は何の日 +α デパートでよく行く売り場は? 2025/12/20 | 非正規社員(個人事業主)の日々

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デパートでよく行く売り場は?

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 最近デパートには行かなくなったけど、昔はよく洋服売場とか電化製品売り場に言ってたかなぁ。

デパートの中の書店にも行ったなぁ。


といってもほとんど買い物はしないんだけど。


ウィンドウショッピングがほとんど。


中高生の時なんて自転車に乗ってわざわざ池袋とか新宿にウィンドウショッピングをしにいってたもんなぁ。


お店からしたら迷惑なもんだ。


大人になってからは、ロビンソン百貨店によくイトーヨーカ堂系の服を買いに行っていた気がする。


私の記憶の中ではお安かった印象。


当時はアルバイトしながら勉強をしていて少ない収入で生きていたから、頻繁に買い物なんて出来なかったけど。


当時は当時なりにオシャレに気を使ってたんだなぁ。


今は全く行く機会がないなぁ。🤔


家電量販店が勢力を広げてるし、家の近くにはイトーヨーカ堂があるし。デパートでしか売っていないような高級なものは私には必要ないからなぁ。


なんの話をしても貧乏な話が絡んでくるな、私の人生は。


事実だから仕方ないか。


お題については以上。


 ところで。


大津綾香氏が提訴した件で、某YouTuberさんと立花氏が敗訴したらしい。


不思議なもので、有名な人は印象だけで判決を出されるのかな?


日本の司法はどうなっているんだろ。


日航123便の件は推定のままごまかすみたいだし。


そういえば某YouTuberさんは、その世界では有名な方を陰謀論者と言っていて、それは自信がデマを流されたから、と言っている。


物事の考え方には、演繹法と帰納法という考え方があって、どちらで考えるかによって結論が変わってくる。


以下、Copilotより


✅ 帰納法(Induction)

過去の事例から推測する方法

例:

Aさんは過去にデマを流した。  

Aさんは今回〇〇と言っている。  

→ だから今回もデマだろう。

これは「過去の事例」から「今回も同じだろう」と推測しています。
ただし、事例が1回だけだと信頼性は低いです。複数の事例があるほど推測の精度は上がります。


✅ 演繹法(Deduction)

一般的な前提から結論を導く方法

例:

前提:デマを流す人は、必ず嘘を言うわけではない。  

Aさんはデマを流す人だ。  

→ だから、Aさんが今回言っていることがデマとは限らない。


どちらが良いというわけではないが、帰納法だと一方的に断定しているように思える。

一般的に帰納法で考えると決めている人を説得するのは、難しいと思う。


是々非々では議論ができなくなるからだ。


そうなるとフラットな視点では見られなっちゃうんだよなぁ。


今日はここまで。


追記:以下AI版



タイトル:池袋の風、百貨店の影、そして「決めつけ」の正体

「デパートでよく行く売り場は?」

そんなお題を投げかけられた。

…最近、行ってないなぁ。

青春の「池袋・新宿サイクリング部」

思い返せば中高生の頃。

私はわざわざ自転車を漕いで、池袋や新宿のデパートへ遠征していた。

目的は買い物ではない。**「ウィンドウショッピング」**という名の、華やかな空間のタダ見だ。

洋服売り場を眺め、家電売り場を冷やかし、書店で時間を潰す。

店員さんからすれば「買わない客」ほど迷惑なものはないだろうが、あの頃の私にとってデパートは、買う場所ではなく「見る博物館」だった。

ロビンソン百貨店と「貧乏の美学」

大人になってからは、ロビンソン百貨店でイトーヨーカ堂系の服を買い求めていた記憶がある。

当時の私には、それが精一杯のオシャレだった。

アルバイトをしながら勉強に励み、少ない収入で必死に生きていたあの頃。

「デパートの高級品」と「自分の財布」の距離は、まるで地球から火星くらい遠かったけれど、それなりに身なりに気を使っていた自分を、今は少し愛おしく思う。

最近はもっぱら近所のヨーカドーか、勢力を伸ばした家電量販店。

高級品に用のない私の人生、どうしても「貧乏話」がスパイスとして絡んでくるのは、もはや仕様(スペック)なのだろう。


世間を騒がす「印象」と「司法」

さて、話は一転する。

最近のニュースを見ていて、首を傾げることがある。

大津綾香氏の提訴件で、某YouTuberや立花氏が敗訴したという。

「有名な人は印象だけで判決を出されるのか?」と感じてしまうのは、私だけだろうか。

日航123便の件も、どこか「推定」の霧の中に隠されたままのような気がしてならない。日本の司法の不透明さに、モヤモヤとしたものが残る。

「あの人の言うことはデマ」という断定の罠

某YouTuberさんは、ある著名人を「陰謀論者」と切り捨てた。

理由は「自分がデマを流されたから」だという。

ここで、思考のクセが顔を出す。

物事の考え方には**「演繹法(えんえきほう)」と「帰納法(きのうほう)」**がある。

  • 帰納法で考える人:

    「Aさんは以前デマを言った。だから今回の発言もデマに違いない!」

    過去の事例から「今回もそうだろう」と決めつける。

  • 演繹法で考える人:

    「デマを言う人でも、たまには本当のことを言う。Aさんはデマを言う人だが、今回の話がデマとは限らない。」

    前提からフラットに可能性を探る。

帰納法で「あいつはダメだ」と一度決めてしまった人を説得するのは、至難の業だ。

だって、相手は「過去」というフィルター越しにしか今を見ていないのだから。

是々非々で語り合えない世の中は、フラットな視点を失い、どんどん狭くなっていく。

デパートの広い売り場を自転車で目指したあの頃のような、自由な視界を持ち続けたいものだ。

今日はここまで。