寂寞コンストラクション by ADAM at
とても短い曲ですがADAM atの曲の中では一番好きな曲です。
確か「せきばく」ではなく「じゃくまく」と読む方が正解だったような、、、寂寞を構築している最中なのですね。
ややスピリチュアルっぽい話になってしまうのですが、、、
様々なスピリチュアル系で語られるこの世界の実相って割と共通している部分があるようで、大まかに言いますと魂というものはその昔から連綿と継続して存在しており、この世への誕生と共にその人と一体となって現生を生きる。
その方が亡くなると同時に肉体を離れてまた次の誕生を待つ、というもの。
だから魂は不滅であり途切れることなく、本質的な生命も不滅のものである、、、という傾向の解釈が多いように感じています。
つまりこの世での姿はあくまでも修行のための仮ものであり、魂の記憶は無くならないが、現生での記憶は次の生には基本的には継続しません。
生まれ変わればまた一から生き直す。
修行するためなのでしょうか。
悲しいことに自分にとって「自分」とは魂の方ではなく、圧倒的にこの現生に存在する「ワタクシ」の方なのですよね。
それが死ぬと同時に脱げてしまう着物みたいな、はかない形骸とはなんとも悲しいです。これが俗人たる自分にはたまらなく愛着があるものです。
だから死んだから無くなります~では済まないと言いますか。
魂が不滅なんだから良いじゃない、、とは簡単には思えません。
自分の「存在」って本当はどれなのでしょうか?
突き詰めると現生を生きている「自分」も全く理解なんてできていないようにも思えます。
まあ、つまりは何も悟ってないという証なのでしょう。
