モーツァルト ピアノ協奏曲第20番 | 音楽見聞録

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モーツァルト:ピアノ協奏曲第20番&24番/内田光子

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当時、音楽に求められていたのは貴族や社交界の連中相手の演奏会であり、パーティで流れるBGMであり、主眼は華やかであればそれで良い、音楽に感情や表現は求められていない状況だったのだと想像します。

そんな中でモーツァルトはそれらの要求を満たしつつも、遥か高みを一人駆け抜けていました。

ピアノ協奏曲第20番は1785年の作品。数少ない短調の作品です。
美しく強烈で、それでいてピアノはコロコロとオーケストラの中を行きかい自由な蝶のように旋律が舞う。

短調と言いながらも決して悲痛には終わらない、モーツァルト独特のもっと深くて複雑な感情が内包されている。尚且つどこまで行っても暗くはならない。不思議な感覚です。

すこし後の時代の、音楽に感情や主題を持たせるロマン派時代の方法論を既に十分先取りしている。当然そんな事は意識していなかったでしょう。
何と言うプログレッシヴな作曲家なのだろうかと改めて思う。この人の感性には驚きしか感じない。

もう1曲ある短調のピアノ協奏曲は第24番で、紹介のCDにはこの短調2作品が収録されています。

内田光子、ジェフリー・テイト、イギリス室内管弦楽団録音のこの盤は音質も素晴らしく文句のつけようがない。是非手元に置いて聴いて欲しい盤です。

・・・それにしても、世界の名だたるプレイヤー・名盤がある中でファースト・チョイスされる日本人ってそうはいないと思う。「日本人としては」という前提の中で凄いという目で見られるプレイヤーはそれなりにいると思うが、彼女のように最初から世界の中で肩を並べて選択肢の中に屹立しているプレイヤーはそうはいないでしょう。日本はもっと誇りにして良いプレイヤーだと思う。彼女のモーツァルトは駆け抜ける。

そして、この盤が1,000円で売られていることの不思議。

昨今の訳のわからん大量生産使い捨てミュージックのCDシングルがこれ以上の金額設定で売られていることの不思議。少なくとも購買層は「音楽」には何も求めていないんだろうね、と思うしか無い。

モーツァルトは聴くごとにその深さのとりこになる。そこにはロマン派の独りよがりは無い。また、古い形式のみでも当然無い。正に自由な音楽が自由な発想の基に展開されている。

気まぐれで神が遣わした至宝だと感じる。