元々、寺や神社は好きなので恒例の正月の七福神巡り以外でも割とあちこち訪問する機会はありました。ただ非常に散発的に、でした。
どうせ訪問するなら何かしら形として残るものはないか?・・・でたどり着いたのが「朱印」集めでした。
朱印は元来、写経を寺へ収めた証として寺側から与えられていたものです。
写経の部分が省かれ、更に神社にまで拡大しているのが現在の「御朱印」です。
このため朱印をもらう帳面、朱印帳を納経帳と呼ぶ場所もあります。
基本的には大抵の寺・神社で300円程度を収めることで頂くことが出来ます。
なお、一部の宗派の寺では朱印自体を行っていないところもあります。
朱印はお守りとは違います。
が、これが集めてみるとなかなか味わい深いんです。
墨でかかれた文字と朱く押された印のコントラストが見事な調和を見せてくれます。
寺の御朱印はその「文字」の部分に、神社の御朱印は「印」の部分により惹かれます。
蛇腹になった朱印帳をダダダ~と広げて一度に見るとまた大迫力です。
不思議な事に回った時の事も意外と記憶に残っています。
今日はこのエリアを歩こうかと思い立ち、下調べをして出かけるとこれだけでおよそ2万歩は歩いていますね。運動不足の昨今健康にも良いかな~と。
下調べをして行くことで寺や神社を見る目も変わってきます。普段なら見過ごしてしまうところも熱心に見たり。何でもそうですが計画段階って結構楽しいんです。
上野中心、浅草中心、鎌倉中心などなど一度では回りきれない場所もあるので繰り返し訪れることになります。
また、神主が不在であったりした場合、朱印をもらう事ができない場合もありますがこれも巡り合わせですね。またの機会を狙いましょう、という事で。
そして、あちこち歩いて回るとなんだか対応してくれた関係者によってその寺・神社の「品格」を感じる事があります。人への接し方に全てが現れると言ってもよいかもしれません。
さて、私の拘りは、まずは朱印帳を神社用と寺用に別けて使っていること。
これは多くの人がやっておられるようです。
小ぶりの帳面は神社用、やや大きめの帳面が寺用という使い分けがベストかと
思います。大きく文字が躍るのはやはり寺の朱印です。
オリジナルの朱印帳を販売している寺や神社も多いです。が、気に入ったデザインのものを買いあさってしまうと今度は朱印帳コレクターになってしまうので基本的には無くなった時に、次に伺った寺なり神社なりで調達するのを基本にしようかと考えているところです。
また、蛇腹になった朱印帳にはウラ面とオモテ面があります。
普通は片側が終わったら次の面、なのですが、たまに濃~い墨汁で書かれた場合、ウラ側にまで文字の部分がしみ出す事があります。これを考えるとやはり片面のみの利用が良いかな、と考えています。
経済的ではありませんが拘りなので。
朱印帳はその持ち主が無くなった時、蛇腹状に開いて棺桶の中に入れるとか。
一緒に燃やされちゃうのも何だか惜しい気がしますね。
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こんな本も出版されているようなので御朱印人口は増えているのかもしれません。
確かに受付がエライ混雑している所もありました。
コレクションとして割り切ることの出来ない不思議な魅力があります。