第3476回 『福澤諭吉伝 第三巻』その124<第二 帝室論と尊王論(10)> | 解体旧書

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石河幹明著『福澤諭吉傳』全4巻(岩波書店/昭和7年)。<(先生の)逝去後既に二十餘年を經過して、(中略)先生に關する文献資料も歳月を經るに從ひおひおひ散佚して、此儘に推移するときは先生の事積も或は遂に煙滅して世に傳はらざるの憾を見るに至るであらう>自序より

<前回より続く>

 

第二 帝室論と尊王論(10)

 

 「帝室論」は當時の事情に感じて帝室に關する意見を披瀝せられたものであるが、先生は更に明治二十一年九月の「時事新報」に「尊王論」と題して、尊王の大義は日本國人固有の性に出づること古來今に至るまで疑を容るゝものがないけれども、更に一歩を進めて輕世の要用に於て此大義の等閑にすべからざるを信ずるとて、輕世上に尊王の要用如何、帝室の尊嚴神聖なる由縁如何、帝室の尊嚴神聖を維持するの工風如何の三箇條に分ちて、其理由を論述せられた。即ち其要旨は、

 第一、西洋諸國は多數少數を以て人事の方向を決するの風にして、我日本國人は一個大人の指示に從て進退するの習慣なり。近來に至り彼の國會開設などいふも、天下の大政を議するに多數法を用ふるの仕組にして、日本開國以來の一大變相と稱す可し。今日全世界の事態に於て人間を支配するものは西洋の文明開化にして、我日本國人も漸く其方向に進むこそ利益なれば、多數法の施行決して非難すべきに非ずと雖も、唯この際に心配なるは、幾千百年來の習慣を成したるものが能く多數の命ずる所に服すべきや否やの一事なり。

 約束に於て餘儀なく之に服するも、能く多數を尊敬し恰も之に一種の神靈を付して一も二もなく甘服伏從すること西洋人の如くなる可きや否や、疑なきを得ず。或は有形の部分だけは多數を以て制す可からざるに非ず、民事又は政事に於て事を決し人を進退するに、投票の數に於て然りと云へば又二言ある可からざると雖も、日本の民情尚ほ未だ多數の神靈を拜する者にあらざれば、形に於て之に服するも感覺は則ち然らず。是に於てか一方に多數を求め多數を爭ふものあれば、他の一方には多數を憤り多數を愚弄する者を生じ、又或は多數を爭ひ之に失敗して飜(ひるがえっ)て大人主義を唱ふる者ある可し。

 即ち人事變遷の波瀾にして、之に浮沈する熱界の俗物は既に數理の外に脱して情感の内に煩悶するものなれば、之を緩和するの手段は法を以てすべからず、理を以てすべからず、法律道理の其外に一種不可思議の妙力を得て始めて能く鎮靜の效を奏することある可し。是即ち我輩が帝室の尊嚴神聖に依頼する所以なり。

 

 <つづく>

 (2023.2.24記)