<前回より続く>
<第四十八編 逸話(195)女曰士曰一言最重>
女曰士曰一言最重
先生は病後、義塾の漢學敎師馬場丈太郎に命じて、和漢古來の熟語の中で男女同權の意味を述べたものを選ばしめられたが、馬場は古來男尊女卑の風習を成してゐる和漢の文獻中から先生の求められるやうな語を選び出すことは至難のことで止むなくば男女相愛の語でも選ぶより外はないと思ひ、三十餘句を摘録して先生の手許へ差出したところ、其勞に酬ゐるとて先生は自著數部に「女曰士曰一言最重」と記した書幅を添へて贈られた。曩(さき)に馬場の摘録した古語中に、詞の鄭風※の「女曰鶏鳴士曰昧旦」の句があったが、右の書幅の語は此句から出たものであるといふことである。
※■鄭風:(ていふう)中国最古の詩歌集である『 詩経 』に収録された一首。
『鄭風・女曰鶏鳴』。この詩の主題については、若い夫婦の仲むつまじい生活、誠実な感情、そして美しい願いを称賛したものと見なされている。全詩は三章からなり、各章は六句から成る。情趣豊かな対話体の詩であり、男女の対話を通して、仲むつまじい家庭生活と夫婦間の真摯な愛情を表現している。対話は短く始まり次第に長くなり、リズムは遅く始まり次第に速くなり、情感は静かで始まり次第に熱烈になり、人物の個性もぼんやりと始まり次第に鮮明になる。詩の中には夫婦の対話のほかに、詩人の語り手の声もあり、詩全体は一幕の短編劇のように、生き生きとして真に迫り、情趣にあふれている。
〇女が言う、「鶏が鳴いたよ」。士が言う、「まだ夜明け前だ」。あなた起きて夜を見てごらん、明けの明星が煌々と輝いている。鳥たちが飛び立とうとしている、鴨と雁を弋で射よう。
弋で射て獲物を得たら、あなたと共に美味しく調理しよう。美味しく調理して酒を飲み、あなたと共に老いていこう。琴と瑟★1が傍らにあり、何もかもが静かで良い。
あなたがやって来てくれるのを知っているから、雑佩を贈ろう。あなたが私に従順であるのを知っているから、雑佩★2を贈って問おう。あなたが私を愛してくれるのを知っているから、雑佩を贈って報いよう。
□鶏鳴:夜明け前を指す。
□旦:また昧爽とも呼ばれ、夜が明けようとしているがまだ完全に明けていない時刻を指す
★1 瑟:(おおごと)大型の琴(「琴瑟(きんしつ)」:しずかなさま。さびしいさま)
★2 雑佩:(ざっぱい)古代中国の一般的に礼服着用時に腰に下げる装飾品。腰に下げる佩玉(はいぎょく/おびだま)
<つづく>
(2026.5.1)