最初で最後のくちづけは、冷たい死の味がした。

何かもう、ファーストキスの味の話になると、俺が確実に思い出すのは上記の言葉です。
とある漫画中の台詞なんですが、元ネタが分かった貴方は中々素晴らしいっていうか、
多分、卯さんと似通った脳細胞の持ち主であると思われます。

何つってるけど、かなり有名な漫画の、初期のまだ脂が乗っていた頃に出てきた台詞で、
しかも割と印象的な場面で使われていたものだから、知っている人は多分それなりにいて、
そう言った人々が拙者に同類扱いされて、自己嫌悪に陥るといいな、という、
すっごい悪意が含まれておりますです。実はです、はい。


さてさて、初めてのキスの味はレモンの味って言いますよね。
卯さんは随分前に書いた通り、ファーストキスもセカンドキスもサードキスも男とだったため、
レモンもへったくれも無かった訳ですが、って、今確認してみたら、その事を書いたエントリが、
ameba検閲で見れなくなってるぞ、オイ。検閲される基準がサッパリ分からん、
眼孔ファックが大丈夫で男とキスしたネタはまずいのか、マジでよく分からんぞameba。


で、だ。ちょっといきなり話題のトーンをダダ下がりさせますが、近頃、
知り合いの女の子が亡くなったという話が舞い込んできましてですな。
その子は何者かと言うと、拙者の、ファーストってかフォースキスの相手でしてな。

我が生涯において初めての”特定の異性”という存在でもあった人だったんですよ。
最も、相手も自分も若すぎて若すぎて、友達に毛が生えた程度の交わり方しかした記憶がありませんし、
それを特定の異性と言っていいものかどうか、という気もするんですがね。

だがまあ、恥ずかしい話ですが、本当に特別に好きやったとですよ。それだけは間違いないっす。
初めての、って書いてるぐらいですから、破局している訳だけどさ。


まー、別に思っていた人が亡くなった、なんていうのは特に珍しい話でもないですし、
ここで敢えて語るような事でもない気がする、それはその通りなんですよね。
ただね、この話にはちょっと、あるキーワードが絡んできましてね。
そのワードってね、全滅。

そう、その彼女の死を持って、俺と関わりのあった女性が全部この世を去ったという訳。
一人か二人ならそう、上に書いた通り珍しい話でもないですが、流石に4人となるとビビります。

もちろんこう言ったことは、今回は昔付き合っていた女性ばかりが対象ということで、
ムダに印象が強く残ってしまうだけであって、"かつて身近にいた人間が命を落とす"という、
広い括りで見てしまえば、やはり取るに足らないことと捉える事もできるんですがね。

って何かアレだなあ、安いミステリーとかサイコホラーだとさ、実は俺が4人を殺していました、
っていうオチになるんだよね。それも、blogに人を集めたいだけという簡単な理由とかでさ。


しかしねえ、俺に関わった人は皆死ぬ! なんて厨二病の極まった台詞を吐くつもりは無いけど、
ただちょおっと、俺と関わらなければあの人はどういう人生を歩んでいたんだろうか、
っていう後ろ向きな想像が頭をよぎるのはどうにもできん。

別に、4人が亡くなった理由、俺に対する怨恨とかそういうものではないはずなんだけどさ、
もし俺と関わりがなければ、俺との関わりによって生じた新しい関わりとかも一切生じなかったわけで、
そうすると、死に辿りつかなかった可能性もあるって訳じゃない?

そう考えるとやっぱしねぇー、ちょっとねぇー。クヨクヨしても仕方ないんだけど。
けどオラ、別れても人として4人とも好きだったからさー。
どうにかすれば、生きていられたんじゃないか、って思うと、何だか、とっても、悲しいのよね。
ノスタルジィってどっから来るんでしょうか。

大抵の人間は、人生で一度、それなりの期間、人間関係とか時間とか仕事とか、
今の自分を縛っている、煩わしい事を全て忘れられる場所に引っ込んで暮らしてみたい、
と考えるものだと思います。

その、煩わしい事を全て忘れられる場所、という奴ですが、これはよくよく考えてみると、
例えば東京都港区辺りで日常を送っている人にとっての、人間関係やら仕事やらを忘れられる場所というと、
冷静に考えて、東京都八王子市辺りにある、築30年のアパートの一室(1DK)でも良さそうなモンですが、
まず、そんなことを考える人はいません。いませんってのは言い過ぎました、いないと思います。

大抵の人は、遠くへ、極端な遠くへ行くことを連想すると思うんですよ。
少なくとも、この場合は港区にあるような建物(つまり、ビルだな)が無い、或いは、あっても希少な存在である、
そういう土地、端的に言っちまえば、絵に描いたような田舎ってヤツですけれど、そういうところで、
短期間でも長期間でも、ある期間暮らしてみたいと、そう考えるとね。


かくいう自分も、そういう人間の一人ではあります。


自分は今20代前半ですが、人生の大半を東京都周辺で過ごしてきた人間です。
高校生位の時には、バイトで作った金を握って、買ったばかりの携帯を使って、
学校に「遊びに行く!」と連絡を入れ、日本各地に出かけて行ったりもしていましたが、
帰る場所は常に東京都周辺、そのあたりから出て暮らした事が無いのですよ。

つまり、駅の周囲は田園で、ホームから1キロも2キロも離れた先にある平屋の民家を見ることが出来て、
歩く道に出来ているたくさんの水溜りには、どれにも青すぎる空が映し出されていて、
なんていう、頭に思い描くような、田舎の風景というものの中で、実は一度も暮らした事が無い!


にも関わらず、自分の心は、そう言った世界にあこがれる事があるんですよね。
冒頭のノスタルジィって言葉は、この感情を表している言葉ざんす。

ノスタルジィというのは本来、望郷の念とか懐古の念を表す言葉なんで、少なくとも、
その土地の昔を知っているか、或いはその土地で暮らした事があるかしないと、
湧き出るはずも無い感情なんですが、いやはや、何故か沸くんですよね、
この、知らない土地を懐かしく思う気持ち。

単に、旅行して日常生活を忘れてしまいたいと思う気持ちとは、ちいとばかし趣が異なるんですよね。
そういった気持ちには、先述の例で言うと、港区を思い起こさせる建物がある、大阪や名古屋といった、
そういう大都市に行くことを躊躇わせるようなものはありません。

こりゃ、一体何処から来る感情なんでしょうか。
日本人の遺伝子に深く刻まれた光景を求めているだけ、という、
どこかのエッセイに書いてあった事が理由なのかもしれませんし、
規模の極めて大きな変身願望なのかもしれません。まあ、分からんね。
パロディウスという、コナミが送り出した名作シューティングゲームシリーズがあります。
パロディ+グラディウスという、そのタイトルからして既に何となく窺い知れるところとは思いますが、
ゲーム内容自体はガチで遊び応えがある横スクロールシューティングながら、
物凄く遊び心に溢れた作品であるのですよ。

その遊び心っていうのが、タイトルにあるようにパロディ。
例えば、まずプレイヤーの機体として登場するキャラからして、コナミのゲームのキャラクター達だったりします。
後続のナンバリングになると、それまでの作品に登場したキャラクター達をセルフパロディして主人公にしたり、
そのキャラたちに、他社の名作シューティングの主人公機の特性をつけてみたりと、
分かる人はクスリと来てしまう、そういうマニアックなものから、
ステージのBGMに名作クラシックのアレンジを使うといった、誰にでも分かるようなものまで取り揃え、
なかなか愉快でよく出来ていて、人を楽しませるに十分なものだと言えると思います。

で、そのシリーズの2作目、パロディウスだ! をプレーしていて思ったこと。


何で軍艦マーチなんだ?


いえね、パロディウスだ! のステージ6は、現実世界におけるパチンコをモチーフにしたステージでして、
夜の街でもひときわ目立つ、電飾を施されたパチンコ店という建物よろしく、
ステージがやたらと派手派手しい外見だわ、跳ね回る銀球のように敵の弾や雑魚キャラが飛んでくるわ、
大当たりの状態をフィーバーと言うように、まさにフィーバーしたかのようにパワーアップカプセルが出てくるわ、
その中に、ギャンブル性のあるルーレットカプセルが多数混じっているわ、モチーフを上手く料理した、
すげえ秀逸なステージだとは思うんですよね。

で、軍艦マーチ。いえ、軍艦マーチがゲーム中で流れている事はちっとも違和感がないんです。
20年くらい昔まで、パチンコ屋つーのは、どこもかしこもBGMとしてこれを流していたんですよ。
だから、これ以上ふさわしい曲と言うのはない訳でして。


いや、俺が疑問なのは、俗に朝鮮球弾きとも呼ばれ、朝鮮人の皆様に深く関わりがある、
パチンコ店に、何故こんな、国威発揚とかそういう言葉が似合うバリバリ日本な曲が流れていたのか、
ってことなんすよねー。って訳で、ちょっと調べてみた。

最初に始めたのは、有楽町にあったパチンコ屋の店長だとか。
バリバリの日本帝国海軍軍人だったこの人は、自分等が守ろうとした東京を、
米兵とそれに媚びた人間が歩き回るその様に苛立ちを覚え、ささやかな抵抗のつもりで、
BGMとして軍艦マーチを流したんだとさ。時は戦後すぐ、米軍占領下、天皇陛下万歳はご法度の世の中、
もちろん警察は来るわ、ミリタリーポリスに呼ばれるわという波乱もあったそうだ。

だが、当のアメリカ様からは、別にいいんじゃねって許可が出たという本当のような嘘の話。
でまあ、ここを発祥として、軍艦マーチは全国に広がって行ったそうだ。

何故広がって言ったかの理由は、イマイチ不明確らしいが、資料から判断するに、
ノリのいい曲には、玉の消費を早める効果があると感じられたからなんだそうだ。
(軍艦マーチは廃れたが、今のパチンコ屋でも、ノリの良い曲がかけられているのはその名残らしい)
特に昔のパチンコは手打ちであったから、嘘か真か、リズムよく打たせる力のあるこの曲は重宝されたとか。


と言う訳で、何故チョンと軍艦マーチという、水と油並の組み合わせが成立していたかと言う疑問は、
始めたのは日本人、それもバリバリの愛国主義者であり、チョンはそれに乗っかっただけということらしい。
なーんだ、考えてみりゃ当たり前だよなー。

チョン嫌いでネトウヨの俺は、昨今のパチ屋でこの曲が消滅したこそ憂うべきなのかもしれないが。