いつもニコニコ現金払い、は松岡修造の言葉じゃないぞ、若者達よ。

そもそも、いつもニコニコ現金払い、なんて、
修造がおおよそ言いそうも無い言葉の最たるものの一つだと思って、
一体全体どうして修造の名が出たのか調べてみたら、どうやら、
いつもニコニコ、という発言をしてたらしいのね。それに関連して、この言葉が引き出されたのか。

これ、今は懐かしきNHKの看板番組であった人形劇番組、
"ひょっこりひょうたん島"の海賊、トラヒゲ先生が、作中で連呼しまくっていた台詞です。
別に、フォースの暗黒面に捕らわれた修造が発した台詞とかではないはずです。
いや、本当の元ネタは実は不明らしく、ひょっこりひょうたん島かどうかは分からんのですが。

しかし、国営放送の、しかも子供向けアニメで、強奪した品(つまり盗品)を売るデパートの店主の海賊が、
付近住民に対してこの台詞を喋っていたということを考えると、修造の台詞であった方が、
何となく平和というか、落ち着きというか、安らかさがあったかもしれんのう。


さて、現金と聞いて思い出すのは、何といっても"婚活"ですよね。
いえ、現金つーか年収つーか、平たく言えば"金"って言葉で思い出す訳ですが。
自分でも良く分からんスイッチと、それをONにした結果だと思っております。

で、近頃、つっても3ヶ月位前なんですが、結婚予備校というものが開校したそうな。
正直言って、単純に、既存の内容のモノに新しいネーミングをして、目新しい視点で売り出そうとする、
という、商売における基本的な戦術を実行してみただけー、とかいうものかと思っていたが、
そうでもなかったみたいで、本当に"結婚力"なるものを磨くための、
充実した設備やら人材やらが揃っているように見える、中々意欲的な施設かもしれん。

ちょっと感心したのは、"婚活力"とか"結婚力"だけじゃなくて、一応、申し訳程度なのかもしれんけど、
"結婚生活力"の事も教え込もうとしている点だろうか。
"結婚生活力"って何って、そりゃああた、"結婚後、旦那と上手くやっていくための力"に決まっております。
いや、俺の造語なんだけどさ。


結婚相談所っていうのはさ、あくまでも結婚を上手くいかせるための施設であって、
結婚後も上手くいかせる努力はこれっぽちもしないものなのよね。
うん、受験における予備校とか塾と同じで、入学するまではアシストはする、それ以降は知らんって体制。
それはもちろん、間違ってない。結婚後もサポートいたします、って書いてりゃ別なんだけどさ。

でもまあ、予備校や塾が"大学に入ったら燃え尽きる"って人を生み出すのと同様、
"結婚してみたら何か違った"になる、そういう人も出す施設だってのは確実だと思うのよ。
そういうのを、ちょっとばかしでもケアしようとする姿勢があるってのは強みなんじゃねえのって思うのさ。


して、基本的に"婚活力"を上げるってのは、男が値踏みをする生き物だという前提に立った行動だよね。
その通りで、男ってのは値踏みをするんだ。いや違うね、女も値踏みをするよね。
人は、他人を値踏みをするものなんだ。
どんなにいい人でも、"特別仲のいい友達"、"仲のいい友達"位にランク付けはしている。

で、なんつうのかな、男も別にバカじゃあないから、むしろ、誰がどう見ても高スペックな男ほど、
大抵頭もいいもんで、想像力も旺盛だから、ほとんどの場合、"結婚生活力"のことは見てくるはず。

言っちゃあ何だが、容姿とか体型の話になってくると、並の女性が物凄く努力をしても追いつけない程、
平たく言ってしまえば美人だとか、エロいだとか、そーいうお姉ちゃんって、実際のところ、
経済力的にはもう全然ゴミって俺でも出せる位のお金で寝れちゃう訳よ。
高スペック男性なら尚更、俺ではひいひい言う、1時間10万円のお姉さんとかでも余裕じゃね。
このクラスになると、生まれ持った才を磨いた天才って奴を思い知るって感想が出る。

そりゃ、綺麗に越した事はないし、教養とかもあったほうがいいに決まっているけれど、
でも結局、最終的にはどれだけウマがあって、上手くやっていけそうな人間に見えるか、
って処を重視する奴は、割と少なくないと思うのよね。


俺の嫁が、基本的に藍様だけなのはそういう理由なんだよ明智君。
え? だってどう考えてもダメ人間相手でも何とかしてくれる、無限の包容力を秘めた最強の嫁でしょ、この人。
あと、狐耳だし尻尾だしエロいし。え? 何だよ? 何かいいたいことがあるのかね、そこの君。



まま、そーいう訳でさー、ちょっと面白いなって思ったわけだ、この結婚相談所。
でも、離婚経験がある人とかさ、そもそも結婚していない人とかさ、
チラホラ不思議な講師がいる気がするのは気のせいか……。

うどんげの花を見ました。

いえ、某電波系うさぎさんの無修正画像を見たとかそういう訳ではなくてですね。
そういや最近、花びら大回転って売り文句の書かれた捨て看板見ねえな。
ちょっと5年位前までは、足立区辺りでは適当に見かけたもんだが。

そういや花、つったらなんで女性器のことを花って言うんじゃろ。
もちろんそれは、できるだけ猥雑な感じを除いた言葉で表現すると、外陰部の感じが、
花の花弁のように見えることから、女性器自体を花弁と言い、陰核を花芯と呼んだりするようになった、
ってえのは分かるんだけどさ。元祖はどこなのよ、これ。

っても元祖なんかわかんねーかなあ。
だって、この比喩は別に日本人の専売特許と言う訳ではないしな。
どうやら欧米でもポピュラーな例え方らしいし、こればかりは探しても見つからないだろうね。

っていうかそんなことより、どっかの方言で女性器のことを"ももんじ"って言うのしっとったかね?
ももんじ、って聞いた貴方はきっと思い出したはず。そう、ドラクエのあの良く分からないモンスター、
二足歩行の白いカモノハシ、ももんじゃを。

カモノハシ……非常に珍しい、卵生の哺乳類として知られるこの生物を模したモンスターの名前に、
何故こんなヤバイ名前が使われたのかは分からない。
だが、敢えてこの愛らしい容姿を与えながら、この発禁ギリギリの名前を与えたところに、
何かこう、深読みを期待する挑戦状のようなものを感じずにはいられないのだ。
green dayがI hate youの前に、Platypus、つまりカモノハシの名前を持ってきた謎のように。


ああそうそう、ハイハイ、うどんげの花を見たって話ね。
うどんげの花、仏教の経典に登場し、3000年に一度咲くとされている幻の花のことです。

これが咲いた時、転輪聖王という、王に望まれる資質全てを備えた命が地上に降誕するという話がありましてな、
そんなものが我が家に咲いてしまうとは、当然の如き一大事で、目撃した張本人である俺は、
私財を投げ打ってここら一帯に広大な寺院を築き、来るべき時に備えるべきなのかもしれません。

まあ、本物であったらなんだけどさー。
俺が見たうどんげってのはさー、昔の人が何をどう勘違いしたか分からんのだけど、
これがうどんげの花に違いないって決め付けてしまって、その盛大な勘違い野朗のせいで、
現代までずっと伝説伝説って呼ばれ続けてきてしまった、クサカゲロウの卵の方なのよね。

クサカゲロウ……多分、成虫を見たことがある人は結構多いかと思われます。
「あー蚊が飛んでるうざってー」と、潰すなりキンチョールをかけるなりしてみたら、
どう見ても体色が緑色の変な虫だった、という経験ありませんか?
高確率で、そいつはクサカゲロウだと思われます。

こいつ、うどんげの花でググるといくらでも画像が出てくるので、実際見てもらうと早いですが、
不思議な卵を産むんですよね。ちょっと見、虫の卵には見えません。

うん、できるだけ綺麗な方向で誤認すると、ミニチュアのスズランのように見えなくもないですね。
でもね、俺が発見した時に抱いた感想は、

どう見ても怪しいカビとかキノコの類です、本当にありがとうございました、であって、

とりあえず指で摘まんで根こそぎぶちぶちやるという暴挙に出てしまった訳ですよ。
生まれる前の尊い命を、いくつも、僅か数秒で無に返す大量虐殺者ですな私。
ちっとも後悔なんかしてないけど。

しかし、一体、これを三千年に一度咲く花と勘違いした奴はどういう感性をしていたんだぁ?

アレかなぁ? 

河原に時々落ちている丸くてすべすべした石を拾って、
「こ、これは錬金術師が生涯を掛けて求める伝説の賢者の石に違いない!」
とか叫べちゃう素敵な人物って感じなのかなあ?
なんか、つげ義春先生の「無能の人」を思い出してしまった。

……。

……。

私……人ってきっと、知識を肥やす余り、心を貧しくしてしまっているんじゃないかって……(以下タイトルに続く






東京では割と有名なとある劇場で、喚いている10歳位のお子様を発見した。

遠足だか社会科見学だか、はたまた、ここは上にも書いたとおり、東京では割と有名で、
それなりに歴史も持っている劇場であるから、他県からの修学旅行生という訪問者というセンもあるが。
まあともかく、一応日本語の呈は成しているものの、
ケダモノの遠吠え同然に大声を上げる彼の周囲に、たくさんの、同じ位の背丈のお子様方がいたことから、
どっかの学校の行事としてやってきた一団の中の一人が、暴走しているのだと言う事は察しが付いた。

訪問した先で、何十人、何百人規模の子供の団体に遭遇した場合、
その中の一人、ないしは数人が奇声を発しているという事態を見かけることは別に珍しくない。

「俺はこんな所に来たくなかったんだー! こんなもの見たくなかったんだー!」

自分の意志を黙殺され、この歴史ある劇場につれて来られてしまった事で、
彼の中にはよほど鬱屈したモノが溜まっていたのか、そればかりを何度も何度も繰り返し、
静止しようとした教師らしき大人を払いのけようと両腕をグルグルと振り回していた彼。

ぶっちゃけ、行動自体はちっとも褒められたものではない。
つうか、率直に言って、頭が悪いと呼ばれる類の人々が取る行動の代表例みたいな事をやっている。
一見、どうしようもない愚かな行動に見えても、少し見方を変えると、そう悪いことばかりではない、
等と言うようなことも世の中にはあるのだが、彼の行動に限って言えば、本当に、彼自身も、
彼の周囲の人間も誰一人として得をしない訳であって、やっぱり芯からやってはいけない行動で、
それをやってしまった彼は、とってもアレなのは間違いないと思うのだ。

が、彼の発言自体には、ちょっと考えさせられた。

いや、だってさ? 
遠足とかひっくるめた学校行事って、欠席する事がありえない風潮がある訳じゃん。
多分アレだよ、マジで行きたくなかったんだけど、親も含めた周囲の感じに流されて出席して、
当初から抱えていた不満が現地で爆発して、DQN行為に出たんだろ、こやつ。

(もしかすると、ここで騒いで見せる俺格好いい、と勘違いした、早すぎる厨二病患者かもしれないが)

うん、最初から欠席すればいいじゃない、というのが正論だな。俺もそう思う。
しかしな、上でも書いたとおり、学校行事というのは欠席する事自体がありえないという風潮があってな、
その中で意志を貫き通すと言うのは、実に勇気が要る行動なのだよ。少なく見積もって、
阪神ファン100人の中で、「ホームラン! ホームラン! ラミレス!」と叫ぶ位の勇気は要る。


別に遠足に限ったこっちゃないんだけど、体育祭とか文化祭もそうだよなあ、どうして強制出席なのかねえ?
いや正確には、別に欠席してもペナルティとか与えられる訳ではないが、出席しなければ人に非ず、
という空気があるもんだからねえ。いや、実際教師もそういう風に思っている人が多かろう。

結婚式みたいに、予め、出席と欠席の意志を確認する用紙を配布しておくとかダメなのかなあ?

あのさよく学校行事の効能として挙げられている、友情が深められるなんていうのは本当なのかって思うのよ。
そりゃね、そういう発言をしている人は、"元々仲が良かった人達と、更に仲良くなれた"から、
確かに友情が深められたって思うだろうし、"クラス行事を通して思い出を作った"経験があるから、
そんな大事な機会を選択性にすることはありえない、って思うのかもしれないけどねー。

でも、"学校行事を通じて本当の意味でクラス全体"の和が深まる現象が起こるなんて、
絶対にとは言わないけど、希少だと思うよ。いや、仲良しグループが更に仲良しになることは、
是ではあっても非ではないから、確かにそれだけでも効果が見られるなら、行事はするべきかもしれん。

が、仲良しグループ以外は別に参加する必要ないよな、やっぱ、そうすると。

つうかな、仲良しうんぬん以前に、単純に興味が沸かない行事に参加するってのは苦痛じゃねえかな。
嫌な事を避けていては成長がない、なんていう人もいるけれど、嫌な事を嫌々やるってのもまた、
成長を見込めそうなものでもないと思う。

また、陰鬱としたムードの人間がいると、嬉々として参加している人間に対してもよくない影響与えるもんだぞ。
上記の彼のような人間がいい例だ。

つー訳でな、俺は彼を通して、学校行事は参加選択性でいいんじゃないかー、と思ったのよ。
主観だが、デメリットが目立つような気がするんだよな、どうしても。