これは、面白いな。


http://www.lifehacker.jp/2010/08/100818venting_anger.html



毎回こういう実験記事を見るたび、どうして実験してでた結果の正確な数字を載せないのか、と思うのだ。

まあ、そこまでは実験者達が公開してくれなかった、と考えるのが筋なのかもしれないが。


それにしても、ch○○eの○○を埋めよという問題で、chock等と答える奴が異様に多かった、

というのは誘導的過ぎる実験でないかと思うんだがな。


だってこれさ、こ○す、の○を埋めよ、みたいなもんじゃない。


回答は、こわす、ころす、こなす、こぼす、こがす、この5文字くらいのものだと思うんだけど、

ああローカル言葉だと、こかす、とかあるけどね。これ、たまたま、こわす、とか、ころす、

と答えた人が集中しちゃうグループができてもおかしくないと思わないけ?

ひねくれた解釈で、こがす、も暴力的なワードだと解釈すれば、その確率は跳ね上がるしなあ。



そもそもなんだが、クッションを殴りつけるというのは、怒りを発散するに適当な行動なのか?


例えばさ、欲求不満を解消するにはオナニーが効果的で、少なくとも大抵の野郎に関しては、

性欲の沈静化が見られる訳じゃないか。ああ別に、汗で溺れる位の激しいスポーツとかでもいいけど。

この、オナニーとかスポーツと同じ位効果的な行為なのか、と思う訳だよ、クッションパンチは。


いや、絶対そんな効果ないと思うけどね。


大体この実験ってさ、オナ禁1週間続けてムラムラがMAXに来ている人に、

猥談を持ちかけて火を点けた後グループ分けをし、片方のグループには、

好みのAVを見せ続け(但し射精禁止)、片方のグループには何もしないで待ってもらった、

ってなもんだと思うんだが。そりゃ、片方のグループは欲求不満バリバリにならないか?

むしろ、クッションパンチ=射精禁止でAV視聴、みたいなもんだと思うんだよ。


そもそも、理由も無い怒りなんてのは、脳障害を患っている人以外は感じない訳だよ。

何か必ず理由があって、怒りというものは生まれてくるわけだ。


この場合、自分のエッセイを必要以上に酷評した人に対して、死ねバーカって思っている訳で、

本当にこの怒りを解消するには、その酷評した人間を何らかのひどい目に合わせれば、

恐らく後悔や罪悪感に襲われるだろうけれど、怒り自体は消滅すると言う事は、皆分かっていると思う。


上記の欲求不満の例だと、一発抜いちゃえばOKって分かっているのと同じようにね。

だけど、現実にはそうはいかない訳でな。当たり前の事だけれど。




怒りの発散方法というのは、研究されていない分野だからねえ。

オナニーすれば、セクロスすれば解消される、なんていう一発回答が用意されてる訳でもなく、

また、そういう一発回答を調べようとしている人間も存在しない訳だ。


そりゃそーだよな、怒りってのは性欲と違って、生きていれば自然に生じるものではないし、

マジでブチキレている人がモニターとして協力してくれるはずもない、研究が進む訳ねえんだわさ。


だから無茶な話だが、マジでブチキレている人が怒りの発散のために取った行動の中で、

最も怒りを静める効果があったとされる行動と比較しても、リラックスして落ち着いているほうが、

怒りの感情は上手く処理できます、という実験だったら物凄く価値があったと思うんだよな。


何れにしろ、この研究はもっと推し進めて、怒りを生じた時にこれをすると一発で何とかできます、

という回答を得るか、もしくは、そんなものはないのでとりあえず落ち着くのが一番賢いです、

とかいう結論を出して欲しいと思うねえ。なんか、結論ありきの実験をしている気がするんだよな。





あとさ……怒りの感情を生じても、リラックスして、落ち着いているような雰囲気をかもし出し、

また他者に対して必要以上に攻撃的になることもなく、平時と同じように振舞えるような人間がいたとしても、

実は怒りの感情を腹の底に、怒りを覚えた対象だけに絞って持ち続けているかもしれない訳でさ。

この実験だと、リラックスした人間が本当に怒りを処理できているかも分からないしなあ。


レポートを酷評したこいつに何か言いたいことがありますか、って言ったら、

悪口雑言を浴びせるかもしれないし、殴りかかってしまうかもしれないからな。

まあ、学者さんがやる実験にしては穴だらけだと思うよ。


面白いとは思うけどね。





卯焼き。

主人公の名前の後に"さん"が付くことが普通のゲーム内において、主人公の名前を"にい"にし、

何でもかんでも"にいさん"と呼ばせたがる人とか、ルーンファクトリーや牧場物語、

ファイアーエムブレムの一部の作品等で、主人公の名前を"セ○○スしよう"とか"Hしよう"に変更し、

出会うおにゃのこほぼ全てを、”ねえ、セ○○スしよう”だとか、"おい、セ○○スしよう!"だとか、

場も空気も弁えないビッチというか病気にしたがる人が世の中にはいる訳です。


まあ、この"セ○○スしよう"はですね、男性ガチムチキャラに話しかけられてもこう呼ばれるわけで、

つまり、場合によっては、"おい、セ○○スしよう! いくな! いくんじゃないっ!"とか言われる事もある訳で、

存分に、生まれてきてすみませんを味わわされる事になるわけですよ。


上記のスクリーンショットはこう、母親が息子を溺愛する余りに、

息子にそっち方面の教育もしっかり施さなければと暴走した考えを持った結果、

息子の意中のエスパー少女を誘拐して監禁する事件を起こし、久々に帰宅した息子に対して、

"ママが恋人を用意しておいてあげたからね!”と告げている、

お昼のドラマ風"MOTHER"の一幕を再現しようと、私が私なりに頑張った結果です。


なお、ゲーム中に、人間が性根から腐っているデブだと思っていたら、

どうやら非常に性質の悪いツンデレだったことが後の作品で判明する隣人が、

主人公の意中の少女"ポーラ"ちゃんのことが"嫌い"であると明かされたり、

後に大都会に歩を進めたとき、グラサンをかけた悪そうなお兄さんに、


おれのいっちばん嫌いなものを教えてやろう。
それはポーラさ。あの色、あの匂い、あの味、あの舌触り…

お前、よだれが出てるぞ?!


等と明かされたりするんですが、俺はポーラちゃんのその後の人生が心配で堪らないです。

エスパー少女って、実は幻覚が見えてしまっているとかそういうアレなんじゃないかと疑いも出てきます。

あと、俺の頭の具合も心配で堪らないです。



ああそんな哀れそうな目で見ないで下さいよ、ちゃんとプレーしてクリアしたことありますって、

その時はこの、ポーラと入力した好きな食べ物の名称欄には、"サルモネラ"と入力してましたが。

確かあの時はまだ年齢一桁だったはずですが、母親が、

"サルモネラを食べてゆっくりお休み! チュッ"と、主人公が帰宅するたびに、

毎回全力で殺しにかかってくる様子に腹を抱えて笑ったものです。


上記のグラサン兄ちゃんの台詞も、そりゃいっちばん嫌いでも無理ないよなあと納得し、

後に訪れるリゾート地の高級レストランのウエイトレスの台詞、

"サルモネラ? うちのメニューにはないわ"にもまた、プッと噴出したものですよ。

サルモネラの名称を出されて、よだれを垂らす主人公の逝き具合にも、確か笑ったっけなあ。

嫌な小学生だよなあ、本当。



それにしてもこのMOTHER2というゲーム、デコゲー並に誰にも真似できないセンスを持つ、

名作にして怪作な訳でありまして、日本を代表するゲームな訳でもありますが、

しかし、大人も子供もおねーさんも、というキャッチコピーは少々ハズしている感がありますなあ。


要するにコレ、普段ゲームになじまない層も楽しめるよって言いたかったんだと思いますけれど、

現実的に、このゲームの難易度って、結構高いんですよね。


中盤位から、普通にプレーしているとたどり着くレベルに+20位した強さであっても、

下手に戦うとぶち殺されるようなシビアな戦闘が存在するんですよね。終盤になると、

レベル99でも全滅させられる事があります、しかもザコ戦で。


いえね、有無を言わさずって訳ではないんですよ、しっかり使うべき補助魔法(PKという)や、

アイテムを使えば、労せず倒せたり、被害を最小限に食い止めることも難しくないんですが、

いやーでもねー、これってRPGプレーしている人なら当然と思いがちだけど、そうでもないんですよ。


ゲームに慣れ親しまない人って、"攻撃と回復を交互に行う"位の人が割かし多いと思うんですよ。

そう言った人が行き詰まった時にとる手段は、"レベル上げによるごり押し"だとも思います、ついでに。


最強のバランス感覚を備えたRPGって言うと、やはりドラクエになる訳ですが、ドラクエって、

上手く戦うとレベル30で倒せる敵がいたとして、レベル45まで上げれば大体、攻撃と回復の単純作業でも、

倒せるようになるバランス設計なんですよね。つうか、レベル45にすれば、ちょっと上手い人なら、

そのボスは一人でも倒せるとかになっていると思うな。


MOTHER2ってそういう意味で、おねーさんがプレーすると錯乱するゲームだと思うんですよ。

ザコにすら余裕で殺されますから、1ターンで主人公以外が死ぬ、なんていうのはザラですよ。

だって、HP300位のところに、720喰らう魔法(PK)をぶちかまされたらねえ。


別にドラクエを賛美する訳ではないんですが、しかし、ドラクエがシリーズを重ねても、

安定して評価を得ている背景には、昔から変わらない、"上手い人は低レベルでも攻略できる、

しかし、下手な人でもレベル上げ等によるごり押しという逃げ道が用意されている"という、

安定した設計思想があるからなんだと思うんですよねえ。

ある意味ドラクエこそが真の、"大人も子供もおねーさんも"な訳ですよ。


FFが8でレベル制を廃止し、考えて戦う事をシステム的に強要した結果、

物凄い批判を生んだことから見ても、この"逃げ道を造る設計"は非常に重要だと思うんですな。

いや、俺はFF8好きなんだけれどね。あとそうそう、ロマサガのバランスが最悪って酷評している、

そういう人間の数が割かし多い事を見ても、逃げ道は大事だと思うね。


単に、ゲーム全体の難易度を下げるのではなくてね、やっぱりどの層も楽しめる設計が最良なんだよな。

いや、こういう↑ネタっぽいスクリーンショットを作成できるゲーム設定とかそういうのではなくてね。



あ、そうそう、MOTHER2は良いゲームですよ。

バランス面がちょっとというだけであって、というか、当時はこれくらい普通だったからな。

人が住み始めたその時から、アルカディアはアルカディアじゃなくなるってもんなんです。

それは別に、人間が汚いからとかそういう俗人離れした理由ではなくてですね、

ある大志を持って、新しい土地で旗揚げし、その旗が土地を席巻した頃に出来上がる習わしは、

他の誰もにとっても理想である訳ではないから、したがって、かつてアルカディアと呼ばれた土地は、

アルカディアでは無くなるということなんだと。


真の理想郷っていうのは多分、何にもない原野なんだと思うよ。

そこは何にも無いけれど、誰もが理想を賭けられる処でもあるからねえ。



ところで、あと100年位したら、現代はどうやって社会の教科書に載るんでしょう。

日本史……と言うとなんかちょっと専門っぽいですから、もっと簡単に俺の頭のレベルに合わせて、

歴史の教科書にどう載るのかなーって。


元禄文化とか、桃山文化とかそういう通称で、その時代の風俗や芸術なんかが紹介されている形式は、

今も昔も変わりがないみたいですが、やっぱり平成文化とか呼ばれるのかね。

いや、昭和文化って言葉が既に存在して、教科書に記載されている位だから、

やっぱり何のひねりも無く、平成文化として載るんだろうなー。


そしてその平成が終わって次の天皇が即位し、その天皇が死んでまた次の年号になり、

平成という言葉が現す世の中が、すっかり近代史扱いになった頃の世の中は、

俺達には想像も付かないような風景になっているんだろうと思うんだわ。

明治の時代の俺達が、平成の俺達のことを想像できなかったようにね。


でもきっと、その頃にもいるんだろーね、「今の町並みには○○がない」とか言っちゃう人。

○○ってのにはさー、温かさとか夢とか抽象的で訳分からん単語が入るんだよ、大体。

でも、こういう人ってどうせ"明治"にもいて"江戸末期"の文化を懐かしんでいたんだろうし、

"江戸初期"にもいて"桃山文化"を懐かしんだ奴もいたんだろうし……って思うんだよな。


俺は思うんだが、今俺達が見ているこの表通りのコンクリート群と、

一本はずれた道に入ったときに目にできる、小ちゃな住居が入り混じったこの不思議な風景ってのは、

今しか見れないものなんだと思うんだよね……。少なくとも、百年したら、すっかりとは言わないが、

大半消えているだろう。残っているのは、現代で言う"明治○年から建っている"建物扱いくらいで。


そして多分、平成文化を語るときには、この町並みはきっと言及される事だと思う。

これは、この時代を表す旬の風景なんじゃろう、って思うんだ。


それに”昔は良かった”と言って目を向けないのは勿体無くないかなーって思うんだわ。

百年下れば、百年後の俺等が、ああ生で見てみたい、って思うものなんだよ多分、コレも。



でもそうは思わない人がいるというのは、アルカディアの上書きなんだろうな。

その時代の人間の大勢が目指したアルカディアの上に、

次の時代の人間が目指すアルカディアを上書きする形になっていて、

そうして上書きが完了する頃には、もう地図の端は次の時代の書き換えが始まっていて……なんだよな。


今俺等が立っているこの土地は、誰かが夢見た理想郷で、誰かが夢見ている理想郷でもあるんだよな。

そう考えると、中々感慨深いものがある一方で、

死ぬほど愛す人がいて、死ぬほど疎ましく思う人がいる理由も分かる気がするんだ。



文京区辺りを歩くと、ノスタルジィとフロンティアって感じの感覚、両方に襲われるから困る。