こんばんは、末っ子です。


ああやっぱりとか言ったそこの貴様、一歩前へ出ませい、ベリートゥベリーの餌食にしてやる。

ベリートゥベリーはちなみにバックドロップではありません、時々誤用している人を見かける。

ベリートゥベリーはフロントスープレックスのことなので、前から組み付きますが、

バックドロップは背後から組み付くものです、だからヘッドロックの返し技として成立するのじゃ。


そんなことはどうでもいいんですが、絶対今日辺りいただろう、

「あなたって長男(末っ子)でしょ?」って聞かれたり、聞いた奴、絶対沸いただろう。

毎回あの手の番組が放送されると、必ず沸くからなあ、この手の人。

毎年1~2回は必ず見ている、血液型性格占い特集の番組でもう懲り懲りなんだわ、

ちょっと疎ましげに返答すると、ノリが悪いとかになることもあるし、対処するのが面倒なんだ。


俺? AB型の末っ子ですから、この手の番組の放送の翌日は、

大抵、不愉快な思いにさせられている人でござあますよ。

まあ、B型の人に比べれば幾分マシなのかもしれないけどね……。



別に娯楽というか、話の種にこの手の番組を放送する事は構わないんだけれど、

とりあえず、この血液型は困ったちゃん、とか、これに当てはまる人間はわがまま、とか、

マイナスイメージを強調するような番組の作り方は勘弁して欲しい。


昨日放送されていた、兄弟の中の位置によってこういう人間になる、という番組はさー、

いつも、血液型によって人の性格はこう分けられる、という番組における、B型の位置になってたのよ。

分かるべ? 要するに、分類できるタイプの中で一番の困ったちゃんタイプってことよ。

何だか、一流プロスポーツ選手には末っ子が多い! とかフォローしていたみたいだけど、

その後の、恐らく子役を使ったやらせであると思われる、末っ子と一番上の子の性格比較、

というVTRで、全て台無しになったと思うな。


ゲストの芸能人達のコメントが、視聴者の大半が受けた印象そのままであると思うよ。



周囲が大人ばかりだから末っ子は甘え上手になるとか、マジで勘弁して欲しいわ。

俺ぁ甘えるとか、人の情に漬け込むとか嫌いなんだよ。つうか、人の手を借りるといつも死にたくなる。

自分で出来なくて人に頼まなければいけないことでも、あんまり頼みたくない位だし、

自分にできるはずのことなのに人に面倒見てもらった場合はもう、マジで首吊って自殺したくなる。

しっかりしないといけないのに、俺は無能だー、無力だー、死んだほうがマシだー! になるのよ。


自分でも面倒臭い人間だと思うけど、缶コーヒーおごってもらった恩とか絶対忘れないし、

いつか機会があれば返してやろうと隙を伺っていたりするくらいで、とにかく、人の厚意とか、

助力とかに頼るのは本当に好きじゃないんだわ。



この手の番組に登場する学者さんは、自分の学説ってか研究成果を世に広めたいとか、

誇りたい気持ちは分かるんだけど、断定口調で喋るのはとにかく止めろと言いたい。

こういう傾向があります、あるようです、って言えって。

こんな、兄弟の内のどいつがどうなるってモロに家庭環境によるんだからさ。


1~2歳離れた兄弟と、8~10歳離れた兄弟では育つ環境も大きく異なるからねえ。

また、親の資質にもよるもんだし、親戚関係やなんかの家庭環境にもよるものだ。

それら全てをひっくるめてみて、こういう傾向があったとかならまだね……。

いやでもね、分かってるんだ。どうせ結論ありきで都合のいい研究しかしてない学者なんだろう、こやつは。


なんというか、フードファイトや風雲たけし城のように、真似すると危険だから止めろ、

と抗議される番組もあるけど、正直こういう番組の危険性も相当なもんだと思うよ、俺は。

血液型が○型とか、末っ子だからどうとか、そんな訳分からん括りで人間判断されてたまるもんか。


生まれたところや、国や、目の色で、一体僕の何が分かるというのだろう、だぞ。

それと全く変わらない事を言っているんだし、翌日実行させようという気にさせているんだぜ?

一塁手の守備の上手下手、というのは、俺のような並の野球ファンでは、

あまり上げる事の無い話題である。現代では千葉ロッテの福浦が上手だという事位は知っているが。


そもそも一塁手というのは、ベースボールが誕生した時代から、

打撃優先での起用が許されたポジションであり、守備は最低限であれば……という感じだったようだ。


ただ、ごくごく初期のベースボールにおいても、キャップ・アンソンのように、強肩と俊足を兼ね備えた、

他のポジションも上手く守りこなせる選手が守備に付く事もあったし、何より、チャールズ・コミスキーという、

一塁ベースから離れて守り、一二塁間を狭めるという、現代では当たり前であるが、

当時ではまさに画期的であったポジショニングを開発した名手も存在している。

昔から、守備と打撃、両方とも兼ね備えた選手が配置されることも珍しくは無かったということだ。

なお、すっかり有名になったジョージ・シスラーも、"守備範囲の広い"一塁手であったという。


日本プロ野球では少々傾向が異なり、創設時においてはむしろ、一塁手は守備面も割と重視されており、

二塁手こそが、弱肩で捕球も上手くない、守備の資質が低い選手が回されるポジションであったらしい。

その概念を根底からひっくり返したのが、苅田の後に苅田無し、の苅田二塁手であり、

来日したメジャー伝説の二塁手、チャーリー・ゲリンジャーだったという。

ここから、逆転現象が始まり、一塁手は打撃優先のポジションとなったということだ。



はてさて、時系列に差はあれど、歴史のごくごく初期に、一塁手は、日本においても米国においても、

打撃力優先起用が許されるポジションという位置づけになった訳で、むしろこのポジションの選手を語る場合、

打撃力に目が行くのが普通であり、そりゃ一般レベルの野球ファンの間では、名手がどうとか語られる事が、

あまりないというのは仕方ないことかもしれない。


が、今回はあえて生半可な知識で語ってみようと思う。


一世を風靡したパワフルプロ野球という野球ゲームに登場する選手において、

最高の守備力を持った一塁手は、どうやら駒田(読売→横浜)ということになっているのだが、

これには大きな疑問が残る。確かに駒田選手は、ゴールデングラブを何度も受賞しているが、

まずゴールデングラブという賞自体が、"別に名手じゃなくても受賞できる賞"であったりするため、

これはあまり参考にならないと言える。事実、最多失策で受賞している年もあったりするのだ。


一塁手の守備力というのは、守備に必要な要素を大きく分けた場合、

捕球技術、送球技術、肩の強さ、打球反応、ポジショニングの内、捕球技術が最も強く要求される。

当然ながら、味方内野手の送球を捌かなくてはならないからだ。


駒田選手は、実は、フライを捕るのがかなり下手だったらしいのだが、

内野手からの送球を受ける、捕球技術に関しては一流以上の物を持っていたという。

歴代最高の守備力かどうかは別として、確かに重視される能力には秀でていたということだ。

一塁手としては、守備範囲も広いほうだったということらしい。


昨今では、元々内野なら全てを高いレベルでこなせる選手であったアンディ・シーツ選手などが、

阪神時代に一塁を守っていたが、上記のように、どのポジションを守っても適応できるだけの、

能力を備えた選手であり、名手と呼ばれるにふさわしかったであろう。


このように、一塁手といえば、捕球技術の高い選手が名手とされる節がある。

松原誠などは、王さんがあまりにもスターであったためにゴールデングラブを受賞できなかったが、

捕球力は球界最高であり、遊撃も守れるほどに器用で守備範囲も広かった選手であるが、

やはり言及されるのは、その”股割り捕球”である。


しかし、捕球技術以外で一塁守備を評価された伝説的な存在がいる。

キース・ヘルナンデスというメジャーリーガーなのだが、

彼のプレーの中で最も輝き、ファンが口々に語りあったのは、ホームランでも華麗なヒットでもなく、

なんと、3-6-3のダブルプレー(ただ、打者としても選球眼・高打率・異常な勝負強さを誇った、

一流の選手であった事は間違いないです)。


ヘルナンデスはセントルイスからキャリアをスタートし、途中でニューヨークメッツに籍を移すのだが、

この時のメッツ守備陣はお粗末なもので、後にオズの魔法使いと呼ばれた史上最高の遊撃手、

オジー・スミスに、"一部の選手がミスを犯してくれたおかげで私たちは勝利を拾えた"、と、

名指しされて敗因に挙げられる選手が何名か混じっていたりした。


その一人が二塁手の、ウォーリー・バックマンだったりする。

しかし、ウォーリー・バックマンの成績を見てみると、さほど失策が多い訳ではない。

これが実は、キース・ヘルナンデスの尋常ではない守備力がもたらした効果らしいのだ


ヘルナンデスは、一塁手として必要な捕球技術は当然として、

一塁手にあるまじき送球動作の早さ、打球反応を兼ね備えていたため、

バックマンを初めとした他の内野手は、やや三遊間寄りに位置取りをして守っていた。

バックマンに関して言えば、ヘルナンデスのお陰で無理をしなくても済んでいたということだ。

普通の一塁手と二塁手の関係の真逆である。


例えば、ごく一塁寄りに一二塁間を抜ける、下手な一塁手であれば反応できず、

二塁手が手を目一杯伸ばして処理しに行くような打球も、このヘルナンデスは掴み取りアウトにしてしまった。

3-6-3という奇妙な併殺は、通常・二塁手の守備範囲とされる打球をもぎ取り二塁へ送球→

間髪いれずに一塁へダッシュ→遊撃手からの送球を受ける、という、

彼しかなしえない動作によって生み出される至芸だったということらしい。



真面目な話、捕球技術が凄いとか肩が強いと言われた一塁手は歴史上にそれなりにいるのだが、

それに加え、3-6-3の至芸を持っていたと言われている一塁手は、正直彼しか知らない。

そういう意味で、史上最高の一塁手というのは、このヘルナンデスのことではなかろうかと思うのだ。


ごめん、不満漏らしたメイドに釘で拷問ってアメーバニュース見た瞬間、

瀟洒なメイドさんが紅い館の誰かさんに釘を打たれている姿が思い浮かんだ人、

俺だけじゃないよね? え? 思い浮かんだって? ああやっぱりねえ、類友類友。


メイド長ってのは、幻想郷では、数少ない生足全開の住人な訳ですが、ありゃアレだよね、

同じく生足の天狗のブン屋*2と一緒で、自分の脚部に自信がないと出来ない行動だよね、

きっと触れたらつるつるすべすべで、本当に格好いい足特有の、超柔らかい筋肉が生じさせる、

触れた瞬間じゅわ~っと手が吸い込まれそうになる弾力があるんだろうね。


その足をオアシスに見立てて、花を生けるように大小さまざまな釘をぶち込むってのもまあ、

ああ、想像しただけでも、なんと愉快な光景ではありませんか奥さん。

悪魔の犬なんてえ異名を持ってる方ですから、犬釘を用いるのが一番乙かあ?


犬釘っていうのは電車が走行するためのレールを、枕木に固定するために用いる釘でして、

その形状は、専門職ではない僕等一般人が思い浮かべる釘というよりは、

むしろ、くさびに近いものがあります。


こんなもん人間の太股に叩き込んだら、魔女狩りで行われたスペイン製長靴よろしく、

肉を貫き血管を裂いて大腿骨を砕き、髄液交じりの血液がびゅるびゅる噴出す事は想像に難くないですが、

しかし、犬釘というのは鉄道が高速化するにつれ姿を消しつつあり、いわば、

時代のあだ花となりつつある物体なので、皆大好きメイド長の太股で眠らせてやるというのは、

非常にエコであり、かつ、温かい心に溢れた、言ってみれば善行だと思うのですわん。



とりあえずまた敵を作ったところで本題に移りますが、私は東方厨であるからして、

ある程度、東方キャラのパーソナリティを妄想することがあります。

その際、原作情報を下敷きに、現実に存在する、フィーリングが似通っていそうだという人物の、

基礎的な情報をエッセンスにして人格を組み立てて行ったりするのですな。


例えば、昔書いたと思うんですが、個人的にフランちゃんこと妹様の人格モデルになっているのは、

「(幼稚園の)先生にキスしたいんだ。でもね、そのためには先生を殺さなくちゃいけない」という、

狂気の名言を残した大量殺人者、エドモンド・ケンパーだったりします。


なーんか段落ごとに敵を作っている気がしますが、いやしかしね、フランちゃんがさ、

「お姉さまにキスしたいの。でも、そのためにはお姉さまを殺さないといけないの」とか、

とっても無邪気に微笑んでいたら、意外としっくり来ると思いません?

大体エドケン先生ってのは、異常者であるが、その体力と知力もまた良い意味で異常、

つまり正しい方向に進んでいれば、天才とか呼ばれた可能性もあった人な訳で、

この辺りもフランちゃんと似通っていると思うんですよ。


まあ、外見は尋常じゃないロリってかぺドと、

180センチ100キロを悠に越えながら、肥満という言葉が浮かばない体躯の男性という、

全然似ても似つかないものなんですけどね。


ちなみに、釘ぶち込みたいメイド長の個人的な人格モデルは山口小夜子様です。

なんかこう書くと、山口沙代子様に釘をぶち込みたいみたいですけれど、いえいえそんなことはないです、

2007年に訃報を聞いた時は、本気で脱力してしまったくらい、純粋に好きでした。


この方との出会いは、同じく俺が尊敬する寺山修司御大が監督となったビデオ映画である、

上海異人娼婦館-チャイナ・ドール-という、タイトルからして宜しくない内容の映画内で、

サドプレイ専門の少女娼婦の役を演じていたお姿が初めでして。


何が恐ろしいって、この方、亡くなるまで年齢非公表で過ごされたため、正確には分からないのですが、

1950年生まれ、この映画は1982年に発表されたため、約32歳という年齢で、

10代の少女を演じていたということ。そしてそれが、驚くべきハマりを見せていたということ。

しかも、170センチという、江角マキコさん並の長身でですよ?


俺はあの時、心底、やられたって気になりましたね。

何がやられたなのかわかりませんが、いやでも、やられた、としか言いようが無い。

雰囲気美人という言葉がありますけれど、雰囲気少女という言葉を使える人間がいたとは、と。


言っちゃあなんですが、並の30代女優が10代を演じるのは無理があることなんですよ、

ドラマでも流石に、あって、20代後半の顔が若い"男性"俳優が男子高校生を演じるって位でしょ?

見りゃ分かる事なんですけど、劇中の山口小夜子嬢は、別にロリロリしいメイクをしているわけでも、

若作りをしているわけでもないんですが、恐るべき年少者の匂いをかもし出しているんですよ。


その辺りが、幻想郷の住人の中でも(精神的や肉体的な意味で)年長者の部類であり、

実際に"大人として"頼れる存在であって、そして、大人ならではの格好いい肢体の持ち主であるが、

少女の匂いがするといいますか、実に"かわいい人"であるという、

個人的なメイド長のイメージの元になっているわけです。


ちなみに、この映画中の山口小夜子嬢の役名もズバリ、咲耶(さくや)であったりします。



んで今日は、レミリアお嬢様について語ろうと思っていたけれどもう飽きたから止めた。バイバイ。