割と不思議なんだが。

満員電車に対して苦痛であるとコメントする人は、割かし多いと個人的に感じている訳だが、
そうコメントする人は、何らかの理由でスポット的に満員電車を利用せざるを得ず、
その数回でえらい目にあった人という訳ではなく、断続的に利用しながらも、
不満を口にしている人が多いようにも感じる。

満員の空気が嫌ならば、30~60分早く電車に乗るという、
シンプルかつ平和的な解決法があると思うのだがどーなんだろうか。

いやまあ、あくまでもそーいった人がいるなんていうのが全く俺の妄想であることは否定できない訳で、
上記の発言、何を言っているんだお前、普通の人なら憤りを隠せなくなるようなものなのかもしれない。

ちなみに、俺個人は満員電車は結構嫌でもない。

半端に混んでいる電車で、突発的な揺れに身体を振り回されて、近場にいた人に触れてしまったりすると、
経験上、割と高い確率で嫌な顔をされるもんだが、満員電車では、揺れに対して身を預け、
人の方向に思い切り体重をかけても何とも言われないからだ。

むしろ、自立性を要求されないから楽に思うってことよ。

でも、半端な混み方の電車毎日使ってるんだよなあ、俺。割と今の状況を改善する気もなく。


!!……

何て事だ……

ハハ……

今 気付いたよ……

俺も……

同じ事じゃないか・・・・


ダース伍長気分になった処で本題。

電車の中って色んな人がいますよね、大して混んでもいない電車なのに、
今満員電車、隣のアイパッド親父がウザいとメールを愛娘に送っているらしい、
どちらかというと肩を大きく動かしながらメールを打つ貴方の方が多分邪魔だと思うお父さんだとか、
密かにコキ下ろされているとは知らず、アキバブログを閲覧している隣のアイパッドおじさんだとか。

周囲を観察してみると、意外とこのように面白い人々がいるのが都内の電車って奴でして。

まあ、かくいう私もきっと、挙動不審っぷりから、
どこかの誰かの興味とか嫌悪の対象になってそうなもんですが、
別にそれを拒否する気も反省する気もありません。さあ、どーんとこいってなもんです。

さてさて、近頃、こう言った人々の中でも最大のヒットという人物を見掛けるましてな。

どこにでもいる健康な高校生男子……強いて違いをあげるとすれば、
電車内でラノベを書いていたってことかなー。名前は道下正樹ではないだろーけどさ。

うーんとまあさ、別に高校生男子がラノベを書いていることは別段どうでもいいのよ。

ただね、こう……。
横目に見ていた、高校生の彼が携帯電話のスクリーンにつむぎだしていく文章……。

なんでわざわざ、たけしを露美雄とか、一昔前ならヤンキー、
最近ならば子供に付けたい名前にする必要があるのかなあ……って。

おじさんくらいになると、たけし、さとし、はなこ、みか、という、
妙に国語の教科書っぽい名前が、
俺では暴走を止められないッ……なんて台詞を吐いちゃう奴のがハイブローだとおもふんだ。

それがどーだい君はッ!
露美雄とか斗馬主とかさッ!

おじさんキン肉マンレディー描いてるあの人の漫画とか、
魔城ガッデムなあの人の漫画思いだしちゃったよ! 
横田トマスって凄い名前だよな!

大体、旧名はなこちゃんの新しい名前、桐野ちゃんってどーなの!
それアレだろ、顔面変形させられて、
調子に乗ってましたもうしませんさせられちゃう妹から来ているだろふ。

んーまあ本当にどうでもいいんだけどさ、世界一格好いいたけしを描いたラノベとか、
惜しかったんだけどなあ……って思ったという話。

ああ、世界一のたけしはジャイアン確定しているからこのネタは没だな。
同僚にひこにゃんの容姿に対する感想を聞かれて一言返した、「美味しそうですよねあいつ」。
別にウケを狙った訳ではないのだが、なんかウケたようで。

というか、結構ガチでひこにゃんって旨そうだと思うのだ。
個人的には、絵に描かれたひこにゃんではなく、着ぐるみのひこにゃんのイメージが強いのだが、
程よくぽっこり出たお腹が何とも、齧り付いたら美味しそうでたまらん。

ひこにゃんは猫であるからして、我ながら、中国鬼子とかそんな言葉を連想をさせそうな発言である。
が、しかし、別に実物の猫を見ても、ああ旨そうだと思ったことは一度もないので安心だ。
何が安心なのかはサッパリ分からないが、安心だ。

ついでに断っておくが、自分はグロスキーであり、モツ大放出な絵でも素直に抜けるが、
おにゃのこの内臓が美味しそうだと思ったことは、一度もない。
ちょっと味見させて、なんて思ったことも当然ない。

モツっていうのは引きずり出したり、レ(検閲により削除)するものであろうと思っていますからねえ。
それをたべるなんてとんでもない!


しかし、ひこにゃんって実際喰ったら旨いんだろうか。
猫って言うのは正直、食用のものであっても、例えば牛や馬のように刺身で食えるようなもんではないそうだ。
理由はもちろん臭みがあるからで、基本的に肉食(雑食)動物だから仕方のないところなんだろう。

料理屋で供される猫肉料理と言うのも、香辛料で特徴が殺されている場合が多いそうな。
ザラッとした舌触りは健在らしいが、話のタネに食べる程度の物という意見が多い。

ひこにゃんも、何だか調べてみると、彦根牛とか蟹とかそのあたりのものが好物らしいので、
まー普通の猫らしく雑食、ということは脂の乗りは良さそうでも、臭みが多くてちょっと苦しい、
スパイスやハーブでクセを殺さないと食用には適さないものなんだろうねえ。

臭みがないっていう意味で、子猫は良いらしいね。
これは子牛と同じ理屈で、内臓とかも臭みが少なく、構えることなく行けるとか。
しかしね、ひこにゃんはもう結構オッサンな訳ですよ。

しかも、仕事までしている位だから、その臓腑にも疲労が溜まっているでしょうし、
決して旨くはないんでしょうなー。

脂が多くて、クセが強くて、決して旨いもんじゃあないってことになりそうだな、ひこにゃんの味は。



しかし、調べてみたら、ひこにゃんってスタッフにモチ呼ばわりされてんのな。
つまりこれってアレだろ、ひこにゃんの容貌が食い物に見えたってことだろ?
俺の感覚は狂ってないって訳だあよ、むしろアレだね、ひこにゃん旨そうって言ってるここまでの俺の文章を見て、
そんなキ〇ガイみたいな発想信じられないって思った人には猛省を要求する! 

すんません、調子に乗りました。

前に書いたと思うが、俺は基本的に人付き合いが嫌いだ。
会食や、飲み会などと銘を打った親睦会は、特に最悪だ。

しかしながら、社会に身を置く限り、人付き合いは嫌でもせねばならない。
横の付き合い、縦の付き合い、どちらも要求される事になる。
嫌なら断ればいいと言う人もいるが、断り続けるのは得策ではないとも思っている。

その理由は非常に簡単なもので、そうしなければ自分の身に不利益が生じる可能性が高く、
仮に一切そういったことがなくとも、付き合いをこなしておけば、今度はそれによって、
便宜を図ってもらえる、とまでは言うまいが、円滑な人間関係を築く事に有効になる可能性が生じる、
これら二点だ。

まあ、なんて卑しい人間なんだろうと思われても仕方のない理由だが、仕方あるまい。
他者の評価を全く気にしないで生きていられるほど、鈍感な訳でも強靭な訳でもない。

そう言った訳で、親和会等に出席するのは、内心凄く嫌だがとりあえず我慢できる。
幹事をすることも、盛り上げ役に回る事も、受け手に回る事も、十分にこなせるとは言わないが、
必要ならば取り組む位の気概はある。

が、しかし、一つだけ、どうにかなりませんか? というものがある。

それは、奢りという奴ですよ。オゴリ。
親睦会とかやると、時々、奢ってくれる人がいるじゃあないですか。
俺アレ、すげー嫌いなんですよ。

別に奢ってくれる人に対して、点数稼ぎするなよ、とか、偽善者め、なんて思っている訳じゃあないですよ。
それを言ってしまえば、俺だって点数稼ぎのために、そういう席に出てきているんですから。

でもね、俺はアレ本当に嫌いなんですよ。ゴチになります、とか平気で言える人は、マジ羨ましい。
個人的には、申し訳なくて切腹したくなるのよね。
と、思う俺の方が、どうやら極少数派らしいのよねん。

生きているということは、誰かに借りを作ること、なんていう歌詞の唄があったよねー。
そうそう、その通りなんですよ。全く真理だと思います。
基本的に、生きているだけで誰かに借りを作らなければいけない訳です。

もうね、俺なんか出来が最高に悪い人間だから、現金に換算したら、
明日にでも睡眠薬を煽った身体で、手首を引き裂いた後、山手線に飛び込まなければいけない、
それ程方々に貸しを作っている、多重債務者な訳でございますよ。

その上借りを作る、っていうのがどこまで愚かしいことかって分かるざんしょ。
借金あるギャンブル狂が、遊ぶ金欲しさに更に借金を重ねる姿を見て、好ましいと思う人はおるまい、
それと一緒なんですよ、人に借りを作る、っていう俺の心中のイメージは。

今日は割り勘にしませう、とか、今日は拙者が払いますドゥフフとか、
先回りして会計するとかそういう必殺技も使ったことあるけどねー、大抵、怒られるんだよなー。
こればっかはどうにもならんのだろうか。

嫌なら行かなければいいって? そうもいかねー、理由は最初の方を参照。
断り続ける勇気なんかないよー、でも奢られるのも嫌だよーって、なんつーカス野郎だ俺は。


ま、しかしだ。
施し好きな人には一つ覚えていてもらいたいことではあるね。
俺みたいにカスな理由の人間はともかくとして、もっと正当なっていうか理解しやすい理由で、
奢ってもらうとむしろテンションががた落ちする人間がいるってことは。