建吉さんを送った冬のこと⑦ | ~ココロとカラダをリラックス~ 旅するように暮らす、PBMトレーナー日記

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リンク 建吉さんを送った冬のこと⑥  の続き、最終回です。
 
 
慣れ親しんだ自宅の
最愛の妻の膝で
娘と嫁に看取られながら
隣の部屋で寝ている孫に別れの挨拶をして逝った
義父、建吉さん。
(息子とは男同士の約束でお互いに納得して
最後は会わずでした)

こういう旅立ちができる人が
今の日本にどれだけいるのだろう。
 

短かったけれど、
きっともっともっとやりたいことは
あっただろうけど
最後だけは幸せだったんじゃないかと思います。
 
 
願わくば、いつかわたしも
そういう「卒業」をしたい。
それまでは
周りの「卒業」を見届けるだけの
強さを持っていたい。
 
ほんとうに、大きな学びを残してもらえました。
 
 
 
 
初七日が終わり、
ダンナサンは仕事があるので
横浜に戻りましたが、
寒くて寂しい冬山に
みね子さんをひとり残しておきたくなくて
四十九日が終わるまで
息子氏とふたり、木頭に残ることにしました。
 

ふだんは小さいのを1個しかもらえないのに
クリスマスにはでーっかいみかんをふたつ、
サンタさんにもらって
うわぁぁぁ!と大喜びして、
紅白見ながら歌って踊って、
ぐずっておんぶで川沿いを歩いて。
 
手のかかる2歳の息子氏と一緒にいたことで
大人の話ができるわたしがいたことで
少しはみね子さんの気持ちは
紛れたかもしれません。
 

でも、ほんとはあの時
表っ面を繕うようなことをしないで
ひとりにしてあげればよかったかもしれない。
人目を気にせず思う存分泣かせてあげたほうが
やさしかったのかもしれない。
 
 
 
何がよかったのかはわからないけど、
今でも、ひっそりと後悔しています。
 
たぶんこの先もずっと
冬山を見るたびに思い出すんだろうと思います。
 
 
 
 
おわり。
 
お付き合いいただきありがとうございました。
どうぞよい年をお迎えください。