改めまして、四柱推命研究家narumiです。
こんにちは。
全国オンライン鑑定をしております
四柱推命研究家narumi(なるみ)です。
9月7日は誕生日
このブログを書いている今日は
私の誕生日!
ということで自分のことを
書いてみようと思います。
こんな子どもでした
私は神奈川県の海沿いにある
小さな町で生まれ育ちました。
両親は教師、祖父は医師。
2歳差の弟が2人いて、
しっかり者の長女だったかなと思います。
小学校では学級委員長に毎年推薦されて
毎年やっていましたが、
正義感が強く、掃除をきちんとやらない男子に
ガンを飛ばしていました笑。
陰陽タイプは「陰タイプ」の方なので
どちらかといえば陰キャで、
そんなに活発でもなかったですが
小学校が家から遠かったので、
脚力が付いて、
リレー選手になったこともありました。
書道、日本舞踊、箏、水泳、ピアノなどの習い事で忙しく、走って帰宅して塾へ行くことも。
(まさにこの頃の運気は星がぶつかり合って、忙しかった、。)
お世話役いろいろ。
私は「お役目の星」と
結びついている運命だからか、
友達のお世話役をよくしていました。
年下の女の子とよく遊んであげたり、
希死念慮のある子、D V彼氏がいる子など
悩みやその子の気持ちを聞いてあげているうちに
世の中見えない部分に色々あるのだと
多少の出来事には動じない
クールな考えを持つようになっていました。
今、思うと、
何事も
運命通り。
当時の私はとにかく
友達に寄り添うことをしていましたが、
離れた方が良かったのかもしれません。
なぜなら
負のエネルギーをもらったせいで、
パッとしない青春時代だったからです。
運気で人生が変わった
パッとしなかった私ですが
それでも大学生頃の
運気の切り替わりで、
行動力、仕事運、異性運が
急激に変化しました。
大学に通いながら
夜はフードコーディネーターの
専門学校に行ったり、
塾講師や飲食店でアルバイトを始めたり、
色々な男性と出会い、
一緒に遊ぶことが増えました。
今思うと、結構なエネルギーです笑。
仕事と結婚
私は青山学院大学の日本文学科を
卒業したにも関わらず、
「フードコーディネーター」
になりたくて
さらに栄養士の専門学校に通い(皆勤賞)、
卒業後に外食産業に就職しました。
で、そのタイミングで結婚もしました笑。
当時は会社の上司に
この結婚は非常識だと責められ号泣・・
外食系は当時ブラックだったので
仕事は相当大変でしたが、
家事と仕事を一生懸命やっていました。
火事、ひったくり、不審者
良くない事件もありました。
結婚前に実家が火事で全焼。
あとは、
不審者に後追いされて襲われかけたり、
自転車の前カゴから
買ったばかりのブランドバッグを
ひったくられたりしました。
(それ以来、1人で夜道が歩けなくなりました。)
火事は家族全員の運命情報を探ってみましたが、
おそらく風水が良くなかった。。
初めての妊娠と辛い出来事
夫の会社の社宅に空きが出たタイミングで
横浜へ引っ越しし、
(すでに外食産業は辛すぎで退職していた)
横浜でゴルフショップの
アルバイトをしていた時、
初めての妊娠・出産。
もともと健康体(だと思っていた)で、
34週まで経過順調で
バイトも続けていましたが、
なんと突然の大出血。。
常位胎盤早期剥離となり、
超緊急帝王切開で女の子を出産しましたが
生後10日、他界しました。
この長女の名前が私の屋号の由来となりました。
どん底からの復活
生後10日でなるみが他界してしまい、
激しく落ち込みすぎて、本当にどん底でした。
でも、
不思議なことに
運気の切り替わる2月節入りを過ぎたあたりから、
「次こそは無事に赤ちゃんが産みたい」
と、今まで全く興味のなかったスポーツジムに
飛び込みました。
今までの私だったら、
初めての場所は
1人では緊張して行けなかったけど、
目標を持ったら大丈夫でした。
そこからはひたすらジムに通い、
体を鍛えているうちに
メンタルも強くなりました。
長野で母になる
本当は横浜でもう一度妊娠したかったけど、
それは叶わず、夫の転勤で長野に引っ越しました。
夫が長野出身で長男のため、
いつか長野に住むことになる
と分かっていましたが、
知り合いが全くいない土地での生活には
不安がありました。
そんな中、長野で妊娠。
前回の出産で私の体が血液異常の
抗リン脂質抗体症候群の可能性を
指摘されていたため、
出産まで横浜の不育症の専門病院と
長野の日赤病院のダブル通院となりました。
かなり慎重に妊娠期間を過ごし、
毎日ヘパリンの自己注射もして、
予定帝王切開で早めに出産しました。
これも運命だなと思うのは、
娘の出生時刻が予定よりも遅くなって、
申刻(15~17時)になったことです。
子どもを産んで運が良くなった
実は、私の運命情報(命式)は
「申」が一番大切なものになっています。
(それが運勢の肝)
驚くべきことに、
娘が「申」を持ち
息子も「申」を持っています。
子どもが無事生まれたことだけでも奇跡ですが、
子どもの運命情報に「申」を見つけて、
本当に親子の縁を感じました。
本当に、運命とは不思議なものです。
自分の人生を振り返ると、
後悔もありますが、
大体運命通りなのだと思うと
諦めがついたり、
ここは気をつけていこう!と注意できたりと、
四柱推命を学んできたからこそできることが
たくさん増えたと思います。
あなたの人生は
あなたにしか生きられない。
自分の人生を知りたい方は
鑑定にてお伝えさせていただきますね。
2020年に占い師を始めて7年目。
最初は身近なお友達から始めて
そこから色んな人に出会い、
たくさんの学びをすることができました。
本当にありがとうございます。
経験を重ねて精進していきたいと思いますので、
これからもよろしくお願いします。
今日も最後までお読みいただき
ありがとうございました!








