おりにふれ、話がわかりにくいといわれる。


渾身の企画書等は渾身であればあるほど。



やんわりと、繰り返されつつ。




でも、なんとか柳に飛びつくかえるのように頑張ってるんだい!


病気で飲む薬のために、あまり記憶が効かないとか、

問題はあるけど、なんとかするんだい!!


大型の営業案件をおっかけてると


あたりまえのことだが


しみじみと痛感する。







2時間ドラマの犯人は最初に現れている事が多い。




受注を妨げる犯人は最後に現れた奴の事が多い。




スマートフォン は、



スマートなヒト が使おう。



違うか?






混んでる電車で 乗降客もかえりみず



一心不乱。



そういうのは、スマートでもなんでもなく、



ただの



石盤こすりザル(オス)



石盤こすりザル(メス)


というんだよ。





漂えど 沈まず

(ただよえど しずまず)


   流離えど 曝ばえず

       (さすらえど さらばえず)



      失えど 損なわず

             (うしなえど そこなわず)
 「出世する人の特徴は、まず"仕事ができない"ということだ」


 フリーペーパー「R25」の巻末に、石田衣良氏と交互にエッセイを書いている高橋秀実氏。ここでのエッセイをまとめたのが、書籍『結論はまた来週』です。ここで、高橋氏は、"出世する人、しない人"について、持論を展開しています。

 高橋氏は、25歳でテレビ番組制作会社を辞めると、出版編集プロダクションに転職。半年後につぶれてしまったので、そのままフリーランスとして原稿を書く仕事を25年近く続けています。

 そんな高橋さんのまわりには、仕事ができる有能な人材がたくさんいたようですが、意外にも出世していないよう。むしろ、「大丈夫かな」と心配になった人たちの方が、次々と要職に就いていたりするというのです。

 彼らの立ち振る舞いを考察した高橋氏は、あることに気づきました。彼らは、「仕事ができない」というより、「できない」ことをさらけ出しているようなのです。

 「自分はできないので、人にやってもらうしかなく、それを自覚するゆえか愛想がよく、まわりも思わず手を貸したくなる。実際、こういう人がリーダーになると組織は活性化する。例えば会議でも、まず彼がダメなアイデアを口にする。部下たちは"そんなんじゃダメですよ"と思い、次々とアイデアを出す、というか出しやすくなるのだ。リーダーがダメだから俺が頑張ってあげようと、優越感とともに能力以上の成果をあげたりするのである」(高橋氏)

 リーダーが「できる人」だと、部下は従うしかないといったことが多くみられます。ミスを犯さぬよう委縮したりするので、アイデアもリーダーの考えのミニチュアになったりすることも。常に新しいアイデアが求められる組織においては、何の益もありません。

 リーダーには統率力や決断力が必要などとよく言われますが、本当に大切なのは本人の能力より、人の能力を引き出す「引力」だと、高橋氏は分析しています。

===
以上激しく同意。
===


 しかし、このことを鵜呑みにして「できない」を正当化したり、愛想を振りまくことだけに注力していては危険です。「大丈夫かな」と心配されているなかで、要職に就いた人たちはどのような努力をしていたのでしょう。その想像を膨らませることが、まず大切なのかもしれません。
ジョブズ殿がなくなり、パソコンすらおぼつかない母までが、
一部のニュース報道に踊らされ、

「アダムのりんご、ニュートンのりんご、ジョブズのりんご」
の逸話にまいってしまい、にわかファンになってしまっている。


たしかに、スタンフォード大での卒業祝典によせたスピーチは、
いまでも各種の教科書に載るほど、あらゆる意味でも名文だし、
私自身も、大いに賛同する。



・・・しかし、ちょっとだけ違和感、今の世の中のブームもどきに、
体のなかで警報が鳴る。

なんでもそうだが「いいところもある、わるいところもある」だぜ?

若いころにゃぁデータセンターの警備員を仲間とだまして忍び込んで、
データをぬすみだしてしゃあしゃあと自分のものであるかのように
ふるまうやつだぜ?

95年からジョブズのギラギラさとあざとさに注目してるが、
結局は僕のスタンスはこのブログの「静心即専…」だし、
彼はその真逆なのだろう。

意味合いとしては、下記の文章にほとんど表現されている。



===========

突然、家内のメールにiTunesから8千円ほどの引き落とし通知が
届けられました。驚いた家内がアップルショップに「子供は無料
ゲームでしか遊んでいないのになぜ?」と聞きましたら、店員が
淡々と答えました。
「無料でも途中からパーツなどが有料になるのでたぶん知らない
うちに買ったのでしょう」。

そういえば、たしかに無料ゲームをダウンロードしようとした時、
クレジットカードの情報を聞かれました。不思議に思ってやめよう
としましたが、背中から聞こえた子供達の「土日しかやらない。
無料しかやらない。」の「誓い」に押されて面倒な設定をしました。

店に抗議する気にもなりません。この手のサイトはいくらでもあり
ます。しかし、「クローズした安全性」を売り物にしたジョブズの
宣伝がなければ、私はそんなに簡単に騙されることはありません
でした。

「終了のためにスタートボタンを押す。」ジョブズは且つてこの
ようにWindowsを嘲笑いました。「無料のためにクレジット情報を
聞く。」これは私のお返しです。

ペプシを砂糖水と揶揄し、マイクロソフトを真似会社と扱き下ろし、
アンドロイドを盗作と決め付け、海軍を海賊以下と馬鹿にする。
極め付けはジョブズが作ったビルゲイツの初夜話でしょうか:

いわく「初夜を過ごしたゲイツの新妻がゲイツに言った。
『なぜマイクロソフトと呼ぶかよくわかったわ。
 マイクロ・アンド・ソフトだから。』(小さく軟い)」

MACファンに申し訳ありませんが、私のようなITツールに弱かった
人はアップルよりずっとWindowsに感謝しています。いろいろと
腹が立つところもありますが、そのオープン性がPCを家電に
変えました。そのずっと前からMACはありましたが、その閉鎖性は
MACを一部のプロの道具に閉じ込めました。

ジョブズが世界を変えたという論調に非常に違和感を覚えるのは
このためです。ジョブズはスタイルやイメージの演出が卓越して
いることは認めますが、iPhone、iPad、iTunesが世界を変えたと
思わないのです。ジョブズ後のこれらのツールはその閉鎖性の故
に衰退するに違いありません。

「私は巨人の肩で遊んでいる子供。」偉大なニュートンが言った
ように、どんな発明も人類のさまざまな文明蓄積、社会のさまざま
なバックアップ環境の下で生まれるのです。ジョブズがやり遂げた
ことは個性があっても発明はないはずです。

Windowsなどが増やした膨大なIT人口がなければ、Googleなどが
広げた広大なネット空間がなければ、FIXCONなどが作った巨大な
工場がなければ、デザインとマーケティングのパートナーがいな
ければ・・・一つでも欠ければアップルの成功はありえないのです。
ジョブズはスビルバーグのような優秀な監督ではありますが、その
閉鎖性と嫉妬心が世界の進歩に貢献したとは思いません。

いかれた変わり者(天才と同義)と思えばそこまでですが、死後も
伝記や映画を通じて子供の英雄になる人物にほど遠いのです。営業
とマーケティングを専門にしてきた私からみれば実に生前も死後も
うまいことをやると感心しきりです。

いま、日本にもジョブズのような人が増えました。他国や他人の
ちょっとした進歩をすぐ真似だと言いたがる人達です。そもそも
真似と学びは投機と投資のように区別が付かないケースがほとんど
です。特許侵害と思えば正々堂々訴えればいいのに、立証できない
限り、自分がもっと前に進むか、もっといい物を真似するかでしか
ありません。

自分の学びを創造と言い、他人の学びを真似という。

自分の運用を投資といい、他人の運用を投機と言う。

思うのも言うのも自由ですが、自分自身の「健康」によくないことを
忘れてはいけません。
村上春樹 さんの長編を読了。


相変わらずだな。

膨大な数の句点。


とてもいい意味で。なかなかまねできない。

どこかにカキフライのおいしい食べ方で一説ぶってたエッセイがあったけど。

あんな感じ。


カキフライにふれつつ

カキフライを語らずに

カキフライではない物事の本質をかたり、

それでいてカキフライが持つ意味やイメージや雰囲気

は利用するという。

(これって色即是空でいう空のほうかもしれない)



だってそうでしょ? 村上春樹氏が「うまい棒」で同じことを書くとは思えない。



ジャズ と ワイン と カフェテラス を、

ロック と ゲーム と ハンバーガー にさしかえて、

同じストーリーは進行するのか?





電車の 中吊りに…



「40代からの山ガール入門」

ってあったけど。



みんなQOLが上がったんだね、




江戸時代なら、それは

山姥、といわれてたかも。


尊敬する方、戯言にていわく。




膨大なドキュメントの荒波を泳ぎきったものを


ドクター = 博士とよぶ。





深刻なミスからの試練を何度も克服したものを


ミスター = 紳士とよぶ。