ジョブズ殿がなくなり、パソコンすらおぼつかない母までが、
一部のニュース報道に踊らされ、
「アダムのりんご、ニュートンのりんご、ジョブズのりんご」
の逸話にまいってしまい、にわかファンになってしまっている。
たしかに、スタンフォード大での卒業祝典によせたスピーチは、
いまでも各種の教科書に載るほど、あらゆる意味でも名文だし、
私自身も、大いに賛同する。
・・・しかし、ちょっとだけ違和感、今の世の中のブームもどきに、
体のなかで警報が鳴る。
なんでもそうだが「いいところもある、わるいところもある」だぜ?
若いころにゃぁデータセンターの警備員を仲間とだまして忍び込んで、
データをぬすみだしてしゃあしゃあと自分のものであるかのように
ふるまうやつだぜ?
95年からジョブズのギラギラさとあざとさに注目してるが、
結局は僕のスタンスはこのブログの「静心即専…」だし、
彼はその真逆なのだろう。
意味合いとしては、下記の文章にほとんど表現されている。
===========
突然、家内のメールにiTunesから8千円ほどの引き落とし通知が
届けられました。驚いた家内がアップルショップに「子供は無料
ゲームでしか遊んでいないのになぜ?」と聞きましたら、店員が
淡々と答えました。
「無料でも途中からパーツなどが有料になるのでたぶん知らない
うちに買ったのでしょう」。
そういえば、たしかに無料ゲームをダウンロードしようとした時、
クレジットカードの情報を聞かれました。不思議に思ってやめよう
としましたが、背中から聞こえた子供達の「土日しかやらない。
無料しかやらない。」の「誓い」に押されて面倒な設定をしました。
店に抗議する気にもなりません。この手のサイトはいくらでもあり
ます。しかし、「クローズした安全性」を売り物にしたジョブズの
宣伝がなければ、私はそんなに簡単に騙されることはありません
でした。
「終了のためにスタートボタンを押す。」ジョブズは且つてこの
ようにWindowsを嘲笑いました。「無料のためにクレジット情報を
聞く。」これは私のお返しです。
ペプシを砂糖水と揶揄し、マイクロソフトを真似会社と扱き下ろし、
アンドロイドを盗作と決め付け、海軍を海賊以下と馬鹿にする。
極め付けはジョブズが作ったビルゲイツの初夜話でしょうか:
いわく「初夜を過ごしたゲイツの新妻がゲイツに言った。
『なぜマイクロソフトと呼ぶかよくわかったわ。
マイクロ・アンド・ソフトだから。』(小さく軟い)」
MACファンに申し訳ありませんが、私のようなITツールに弱かった
人はアップルよりずっとWindowsに感謝しています。いろいろと
腹が立つところもありますが、そのオープン性がPCを家電に
変えました。そのずっと前からMACはありましたが、その閉鎖性は
MACを一部のプロの道具に閉じ込めました。
ジョブズが世界を変えたという論調に非常に違和感を覚えるのは
このためです。ジョブズはスタイルやイメージの演出が卓越して
いることは認めますが、iPhone、iPad、iTunesが世界を変えたと
思わないのです。ジョブズ後のこれらのツールはその閉鎖性の故
に衰退するに違いありません。
「私は巨人の肩で遊んでいる子供。」偉大なニュートンが言った
ように、どんな発明も人類のさまざまな文明蓄積、社会のさまざま
なバックアップ環境の下で生まれるのです。ジョブズがやり遂げた
ことは個性があっても発明はないはずです。
Windowsなどが増やした膨大なIT人口がなければ、Googleなどが
広げた広大なネット空間がなければ、FIXCONなどが作った巨大な
工場がなければ、デザインとマーケティングのパートナーがいな
ければ・・・一つでも欠ければアップルの成功はありえないのです。
ジョブズはスビルバーグのような優秀な監督ではありますが、その
閉鎖性と嫉妬心が世界の進歩に貢献したとは思いません。
いかれた変わり者(天才と同義)と思えばそこまでですが、死後も
伝記や映画を通じて子供の英雄になる人物にほど遠いのです。営業
とマーケティングを専門にしてきた私からみれば実に生前も死後も
うまいことをやると感心しきりです。
いま、日本にもジョブズのような人が増えました。他国や他人の
ちょっとした進歩をすぐ真似だと言いたがる人達です。そもそも
真似と学びは投機と投資のように区別が付かないケースがほとんど
です。特許侵害と思えば正々堂々訴えればいいのに、立証できない
限り、自分がもっと前に進むか、もっといい物を真似するかでしか
ありません。
自分の学びを創造と言い、他人の学びを真似という。
自分の運用を投資といい、他人の運用を投機と言う。
思うのも言うのも自由ですが、自分自身の「健康」によくないことを
忘れてはいけません。
一部のニュース報道に踊らされ、
「アダムのりんご、ニュートンのりんご、ジョブズのりんご」
の逸話にまいってしまい、にわかファンになってしまっている。
たしかに、スタンフォード大での卒業祝典によせたスピーチは、
いまでも各種の教科書に載るほど、あらゆる意味でも名文だし、
私自身も、大いに賛同する。
・・・しかし、ちょっとだけ違和感、今の世の中のブームもどきに、
体のなかで警報が鳴る。
なんでもそうだが「いいところもある、わるいところもある」だぜ?
若いころにゃぁデータセンターの警備員を仲間とだまして忍び込んで、
データをぬすみだしてしゃあしゃあと自分のものであるかのように
ふるまうやつだぜ?
95年からジョブズのギラギラさとあざとさに注目してるが、
結局は僕のスタンスはこのブログの「静心即専…」だし、
彼はその真逆なのだろう。
意味合いとしては、下記の文章にほとんど表現されている。
===========
突然、家内のメールにiTunesから8千円ほどの引き落とし通知が
届けられました。驚いた家内がアップルショップに「子供は無料
ゲームでしか遊んでいないのになぜ?」と聞きましたら、店員が
淡々と答えました。
「無料でも途中からパーツなどが有料になるのでたぶん知らない
うちに買ったのでしょう」。
そういえば、たしかに無料ゲームをダウンロードしようとした時、
クレジットカードの情報を聞かれました。不思議に思ってやめよう
としましたが、背中から聞こえた子供達の「土日しかやらない。
無料しかやらない。」の「誓い」に押されて面倒な設定をしました。
店に抗議する気にもなりません。この手のサイトはいくらでもあり
ます。しかし、「クローズした安全性」を売り物にしたジョブズの
宣伝がなければ、私はそんなに簡単に騙されることはありません
でした。
「終了のためにスタートボタンを押す。」ジョブズは且つてこの
ようにWindowsを嘲笑いました。「無料のためにクレジット情報を
聞く。」これは私のお返しです。
ペプシを砂糖水と揶揄し、マイクロソフトを真似会社と扱き下ろし、
アンドロイドを盗作と決め付け、海軍を海賊以下と馬鹿にする。
極め付けはジョブズが作ったビルゲイツの初夜話でしょうか:
いわく「初夜を過ごしたゲイツの新妻がゲイツに言った。
『なぜマイクロソフトと呼ぶかよくわかったわ。
マイクロ・アンド・ソフトだから。』(小さく軟い)」
MACファンに申し訳ありませんが、私のようなITツールに弱かった
人はアップルよりずっとWindowsに感謝しています。いろいろと
腹が立つところもありますが、そのオープン性がPCを家電に
変えました。そのずっと前からMACはありましたが、その閉鎖性は
MACを一部のプロの道具に閉じ込めました。
ジョブズが世界を変えたという論調に非常に違和感を覚えるのは
このためです。ジョブズはスタイルやイメージの演出が卓越して
いることは認めますが、iPhone、iPad、iTunesが世界を変えたと
思わないのです。ジョブズ後のこれらのツールはその閉鎖性の故
に衰退するに違いありません。
「私は巨人の肩で遊んでいる子供。」偉大なニュートンが言った
ように、どんな発明も人類のさまざまな文明蓄積、社会のさまざま
なバックアップ環境の下で生まれるのです。ジョブズがやり遂げた
ことは個性があっても発明はないはずです。
Windowsなどが増やした膨大なIT人口がなければ、Googleなどが
広げた広大なネット空間がなければ、FIXCONなどが作った巨大な
工場がなければ、デザインとマーケティングのパートナーがいな
ければ・・・一つでも欠ければアップルの成功はありえないのです。
ジョブズはスビルバーグのような優秀な監督ではありますが、その
閉鎖性と嫉妬心が世界の進歩に貢献したとは思いません。
いかれた変わり者(天才と同義)と思えばそこまでですが、死後も
伝記や映画を通じて子供の英雄になる人物にほど遠いのです。営業
とマーケティングを専門にしてきた私からみれば実に生前も死後も
うまいことをやると感心しきりです。
いま、日本にもジョブズのような人が増えました。他国や他人の
ちょっとした進歩をすぐ真似だと言いたがる人達です。そもそも
真似と学びは投機と投資のように区別が付かないケースがほとんど
です。特許侵害と思えば正々堂々訴えればいいのに、立証できない
限り、自分がもっと前に進むか、もっといい物を真似するかでしか
ありません。
自分の学びを創造と言い、他人の学びを真似という。
自分の運用を投資といい、他人の運用を投機と言う。
思うのも言うのも自由ですが、自分自身の「健康」によくないことを
忘れてはいけません。