下の写真を見て欲しい。 

これは福島第一原子力発電所3号機の爆発の瞬間だ。


まさに、小型の核爆弾が爆発したかのようだ。


uuusasaさんのブログ-原発の大爆発


もっとも、事実は核爆発が起きたわけではなく、

原子炉の冷却不足から発生し建屋に充満した水素ガスが

爆発したのであるが、


結果核物質をばらまいたことには違いはなかった。


この爆発とともに、おびただしい量の放射性物質が放出拡散し

福島県を中心とした広い地域の地表に降り積もった。


放射性物質からは放射線が長い年月にわたって放出され続ける。

放射線はある限度を超えると人体に悪影響を与える。


一般の人が受けて良い限度は年間 1msV以下 と法律で決まっている。


放射性物質が多く降り積もった地域では、その限度をはるかに超える。

今後100年の単位で人は住めないと考えて良い。


それほどの大事故、間違いなく第二次世界大戦以降最大の

事件事故なのである。


それなのに、皆さんはこの映像を見たことがあるだろうか?

たぶん多くの人は一度も見ていないのではないだろうか。


私も最近初めて見た。

そして、これほどすさまじい爆発事故が起こったことを再認識させられた。


マスコミは、この事実をどうして報道しないのか?


この事故以前はもっともっと小さな、ほとんど被害がないような

原子力事故でさえ、多くの時間を割き繰り返しセンセーショナルに

報道していたのに。


いまや、芸能人のゴシップ報道以下の扱い、ほとんど無視。


どう見てもおかしくないか?


正しい対策や反応は、まず正しい事実認識に基づかなければ

ならない。


未曾有の原子力事故が起きた事をまず皆さんで認識して欲しい。


そこから、日本の再生は始まる。これをうやむやにしてはいけない。



武田邦彦氏ブログより

http://takedanet.com/2011/09/post_dfdd.html


 「みなさんの記憶に 一生残るのかっていわれると

  私は、そうじゃないんじゃないかなって 思うんですよ。

  今のAKBじゃ。


  だから、   そうですね


  いつかほんとに みなさんの心に残るものを

  一つなんかつくれたらいいなって思います。」


そう語る彼女のやわらかな表情の中に、

AKBへの深い愛情、冷静な現状判断 そして 強い意志

をあらためて感じた。



来年の総選挙について前回の記事で書いた。

今回はそのシステムについて思うところを書いてみたい。


AKB総選挙はAKB商法に関連して一部世間の関心を集め、

心良く思わない人たちも少なくない。


批判している人が主張する主な理由、問題点は


 一人一票でないので公平でない


 投票券(握手券も同じだが)欲しさに大金をはたく人がいる

  (それが信じられない、嫌だ、許せない、ファンの心につけ込んで金儲けだ

   資源の無駄だ)


 おまけでCDが売れ、売上げで音楽の価値を図る文化を壊す

  (まじめに楽曲で勝負しているミュージシャンに失礼、過去の栄光を汚す)


と言ったところだろうか。


それぞれ一理あると思うが、私はCDに総選挙投票券をつけて売ることは

そんなに問題ない、むしろ必要なことと理解している。




まず、投票の公平性についてだが、ひとり一票が必ずしも公平とは言えない。



 ”何に対して公平を図るのか” によって必要なシステムは変わるからだ。



普通の選挙は一人一人が等しく政治に参加する権利があると憲法に

定められた公平性が求められる。だから一人一票のシステムになる。




一方AKBの選挙はそうでは無い。そんなこと決まっていない。


違うコンセンサスの元に選挙を行ってもいっこうにかまわない。


選挙と言う言葉から普通の選挙を連想して一人一票と考えて

しまうのは、ちょっと早計だ。




では、AKB総選挙にはどんなコンセンサスがあるのか。


公にされているコメントなどからすると運営や秋元Pは明確には

意識していないようだが、私の考えるAKB総選挙のコンセンサスは、


  ”一人一人のAKBへの想いに比例した権利を与える


である。まさに大島優子が第三回総選挙コメントで「愛」と表現した考え方だ。


AKBにコミットする人はそれに応じて対価を払い、つまりCDを購入して

投票できる。深くコミットする人は多くの対価を払い投票権を多く得る。



AKBやそのメンバへの思い入れ度合い、推しの強さに見合った票数を

いれらるというのは、ファンとして嬉しいシステム、ニーズに合った

システムではないだろうか。


それに、複数票入れられることで複数のメンバへも投票が可能になる。

あっちゃんに3票、優子に2票、たかみなに1票と入れることでメンバへの

票が分散しメンバの実力に見合った票数が出やすくなるというメリットもある。


投票券を複数買うことへの批判があるが、個人が価値があると認めるものに

それに応じて対価を払うことは、これに限らず普通に行われていることだ。


CDに付帯させるかどうかは別にして、もちろん限度はあるだろうが

個人の価値判断の問題なので、他人に非難されべきものではないと思う。


CDに付帯させることや儲け主義に関しては別に書く予定なので

ここでは触れない。


ということで、今のシステムは、

 ”ファンの想いに公平なシステム”

と私は考える。




ただ、一人が可能な投票総数に何らかの限度はあった方が良いだろう。


ごく少数の人だけで選挙結果が決まってしまっては、「想いに比例して」

というコンセプトが崩れてしまうし、限度を超えた大金の注ぎ込みは

やはりまずいだろう。


おおざっぱにだが、一人100票以下程度に制限すれば良いと思う。

第3回総選挙の上位メンバの得票が数万票程度なので、この程度に

制限すれば、少なくとも選抜メンバが影響を受けること無いだろう。


一方、ほとんどの人は制限内100票でも十分想いに比例して投票した

という満足感は得られるはずだ。


きちんと分析して、もし次回があるなら制限を採用してはどうだろうか。