こんにちは~おすましペガサス

 

先週末から子どもから移った

胃腸風邪にヤラレテイマシタ笑い泣き

 

下痢と嘔吐で家族中大変でしたが

なんだか平日にゆっくり寝たりゴロゴロしたりで

充実していたと言えばそうでした笑

 

全ては楽しむことが人生のカギ照れ

寝室での子供たちの嘔吐処理、真夜中なのに

テキパキシーツやらタオルやら

そして、子供たちをシャワーで洗い流したり

 

なんてできる仕事人!!と

感心してしまうほど

自分がすごかった♡

 

 

しかも、朝、起きたら

どうやって、こんなにもテキパキできたのが

不思議なくらい別人になっていました!!

我ながらママたちはがんばっていますよねラブ

 

 

さて、私たちは大人になってから

 

「お待たせしてごめんなさい。」

とか

「大変長らくおまたせしました」

 

とか

 

「待つ」

「待たせる」

 

ということに

悪い印象がついてしまっているかと思います。

 

これは、特にデジタルが発達してきて

顕著だと思いますが

 

どんくっさい

ぐずぐずしてる

 

とかとか

まあ子どもにとっても悪いイメージが

できてしまいがちです。

 

 

でも、よーく考えると

なんで待つことがだめなんでしょうかね?

 

 

昔の日本人はこの待つことを

優雅な気持ちで味わったり

心を整える時間にしたり

 

良き事としてとらえていたはずなんです。

 

 

 

 

 

特に子供は

待つ

を通して自分の力でやり切ることができるし

 

その時間を楽しむことだってできるし

 

さらに他人のことも

待つことができるようになるから

 

いいことしかない!

 

 

待てないのはいつも大人なのかもしれない。

 

待てない大人が子供に優しい子になってほしいなんて

矛盾しすぎてますよね。。。


 

 

待つって今や

優しさなのかもしれないです。

 

そして、立ち止まるってことも

同じくらい大切な気がするのです。

 

 

全てがスピードで進んでいくこの現代

待てないのだから立ち止まることさえできなくなってる。

 

時間はどんどん過ぎていく

だから立ち止まっている暇はない

なんていうのはなんかおかしい。

 

どんどんすぎていくからこそ

よく考えるために立ち止まる。

大切なモノを見失わないためにも、

本当に大切なモノを守るために立ち止まって

しっかり考える。

 

当たり前かな?

でもその当たり前がなくなりつつある現代。

 

待つ時間がくれるものって

もしかしたら

豊かな人生なのかもしれない立ち上がる

 

     

 

 

 

 

            お手本は日常の中から

             ~気づきは最高のプレゼント~

                                  著者 miko

 

                

 

         

 

              

 

            

 

 

 

       

 

 

 

 

      

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